ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 迷いなく中へと足を踏み入れ、向かうはゲームセンターの奥にある対戦台の並ぶ一角。
 そこだけ、異様に辺りと空気が違っていた。
 派手な音や光は同じはずなのに、何処か空気が張り詰めている。
 画面に映るキャラクターの動きと、レバーを弾く乾いた音。その全てが、無駄なく繋がっているような、そんな緊張感。

「お、空いてる空いてる」

 一番端の対戦台に腰を下ろすと、硬貨を投入し、ゆっくりとレバーに手を添える。
 さっきまでの頼りない仕草は、そこにはなかった。
 画面を見つめる目は鋭く、瞬きすら減る。指先は僅かに浮き、いつでも動けるように構えられていた。

「ナギさんの対戦相手だよ」

 AIの音声と共に対戦相手が決まる。見知らぬプレイヤー。だが、そんなことは関係ない。

「ナギさん。準備はいい?」
「……もちろん」

 辺りに響き渡る効果音に掻き消される声で呟き、じっと画面に見入った。

 ――始まる。

 ラウンド開始の合図と同時に、レバーに触れていた指が動く。
 迷いはない。初動から間合いを詰め、相手の出方を一瞬で見極める。
 牽制、差し返し、コンボ。全てが淀みなく繋がっていく。
 カチ、カチ、とレバーとボタンが刻むリズムは、何処か機械的ですらあった。だがその実、一つ一つの入力には明確な意図がある。
 相手の癖を読む。反応の遅れを逃さない。ほんの僅かな隙に差し込む一撃。
 画面の中で、対戦相手の体力ゲージがみるみる削れていく。

「ダブルコンボ! ナギさん、すごいすごい」

 初めから学習させられた言葉を並べるAIの声を聞き流し、画面を見たまま手元のボタンを押す。
 意識は全て、小さな画面の中にあった。
 対戦は最終ラウンドへと突入する。初めは有利な戦況を保っていたが、いつの間にか互いに体力は僅かになっていた。
 一瞬の判断ミスが敗北に直結する場面。

(集中……)

 相手が前に出たその刹那、レバーに掛けていた指が僅かに速く動いた。
 そこから繰り出される連続カウンター。
 確定コンボ。
 無駄のない入力で、最後まで繋ぎ切る。

 ――K.O.

 そして、画面に大きく表示される文字。

「おめでとう! ナギさん。おめでとう!」

 勝利を告げるBGMと同時に、周囲の空気が僅かに緩んだ。とは言っても、勝利を祝ってくれるのはAIだけ。
 そこで、ようやく小さく息を吐いた。肩の力が抜け、ほんの少しだけ口元が緩む。

「次の挑戦者だよ! 続ける時は硬貨を入れてね」

 次の挑戦者が現れ、AIが何度も同じ台詞を繰り返す。
 席を立つ理由はない。再び硬貨を投入し、もう一度レバーに手を添えた。