君の手が動く限り、俺は隣にいたいから

 じっとページを見つめたまま、凌は無意識に眉を寄せる。
 他の部活とは、明らかに空気が違っていた。
 野球部は泥だらけの集合写真。
 吹奏楽部はステージ上で輝く部員たちの笑顔。
 軽音楽部に至っては、ライブハウスの照明のような加工まで施されている。
 何処も「楽しそうだろ」「入ってくれ」と全力で自己主張しているのに、美術部だけは違った。
 白いページ。
 最低限の文字。
 飾り気のないレイアウト。
 まるで、「来たくないなら、別に無理して来なくていい」とでも言いたげだ。

(……なんなんだ、これ)

 気付けば、指先でその無機質な文字をなぞっていた。
 絵を描くなんてことは、これまでの人生で最も縁遠い行為だ。
 放課後は家でゲームをしている方が好きだし、正直、勉強も嫌いだからペンすら持ちたくはない。
 なのに、妙に胸の奥に引っ掛かる。
 理由は分からない。けれど、ページを閉じようとしても、何故か指が動かなかった。

(まあ、体験くらいなら、別にいいか)

 どうせ放課後は暇なのだ。
 真っ直ぐ家に帰ったところで、またベッドに転がってスマホの画面を虚しくスクロールするだけ。
 そんなことを考えていると、前の席の三崎が不意に凌の手元に視線を落とした。

「ん?」

 三崎の視線がページに書かれた文字を辿り、そして不思議そうに首を傾げる。

「え、美術部?」

 心底意外そうな声に、凌は怪訝な顔を上げた。

「藤代って、そういう感じだったの?」
「どういう感じだよ」
「いやなんか……もっとこう、帰宅部一直線タイプっていうかさ」
「失礼だな」

 凌が鼻を鳴らすと、三崎は「だってさぁ」とニシシと笑いながら続ける。

「美術部って静かなやつ多そうじゃん。藤代、真逆って感じするし」
「俺だって静かだろ」
「朝から校門飛び越えて遅刻してくるやつの何処が静かなんだよ」

 図星だった。
 近くの席から、クスクスと遠慮のない笑い声が聞こえる。
 凌は小さく舌打ちしながら、再び手元の冊子へ視線を落とした。
 白黒のページは、やはり妙なくらい簡素なままだ。
 けれど、だからこそ逆に気になる。そこだけぽっかりと、周囲の喧騒から切り離されているようで。

「……ま、体験だけ行ってみる」

 ぼそりと呟くと、三崎はさらに目を丸くした。

「マジで!? なんか意外だわ。じゃあさ、今日の放課後、俺も途中までついてっていい? 俺、野球部見に行きたいからさ。美術室って確か特別棟の四階だろ?」
「勝手にしろよ」

 ぶっきらぼうに返すと、大河内が「ほらそこ、私語やめろー」と出席簿で教卓を叩いた。三崎があわてて前を向く。
 それからの授業は、驚くほど頭に入ってこなかった。
 ノートの端にシャーペンを滑らせながら、凌の頭の片隅にはずっと、あの白いページが居座り続けている。