再び、深い沈黙が二人の間に落ちる。誰も喋らない。ただ、世界を祝福するように冬の風だけが優しく吹き抜けていた。
やがて、碧南の小さく震える右手が、力なく膝の上へと置かれた。
凌はその手をじっと見つめる。
これまでに、何万回とパレットの上で色を混ぜ、誰よりも美しい夢と青空を描き続けてきた、奇跡のような手。
そして今は、病魔によってその自由を奪われ、思うように動かなくなってしまった、愛おしい手。
凌は、自分の冷え切った大きな右手をゆっくりと伸ばした。
そして――彼女の震える手の上へ、そっと、包み込むようにして重ね合わせた。
驚くほど冷たかった。けれど、その皮膚のすぐ下には、ドクドクと力強く脈打つ、確かな命の温もりが存在していた。
碧南はハッとしたように目を見開いた。
凌は、少しだけ照れ臭そうに、けれど今までで一番優しい、迷いのない眼差しで笑った。
「なあ、碧南」
「……うん」
「俺さ」
凌は、自分の人生に残された全ての誠実さを掻き集めるようにして、最後の、最も大切な言葉を選んだ。
それは、この不器用な二人の物語の、かけがえのない時間の、一番奥底に眠っていた本当の願い。
「お前の手が動かなくなったって……お前が二度と筆を握れなくなったって、そんなの関係ねぇよ」
重ねた手のひらに、優しく、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、力を込める。壊れ物を労るように。
「君の手が動く限り――いや、たとえ動かなくなったとしても、俺は、ずっとお前の隣にいたいから」
碧南の瞳から、それまでを遥かに凌駕するほどの涙が溢れ出た。もう、止めることなんてできなかった。
けれど、彼女の顔には絶望なんて一微塵もない。彼女は、今までで一番晴れやかな、世界で最高の顔で笑っていた。
凌は、そんな彼女の生きる意志をその瞳に焼き付けながら、静かに、そして力強く告げた。
「だから……」
冬の、冷たくも美しい空の下。
何処までも、何処までも続いていく、あの圧倒的な青空の下で。
藤代凌は、自らの人生で最も真っ直ぐな、祈りにも似た願いを口にした。
「頼むから、生きていてくれ」
その瞬間、今日一番の大きな突風が、墓地の大地を駆け抜けていった。
頭上の青空が、さらに鮮烈に、何処までも広がっていく。
それはまるで、かつて春原澄朱華が描き、碧南が愛し、そしてこれから藤代凌がその生涯を懸けて描き続けていく、あの奇跡の青空そのもののようだった。
何処までも、いつまでも美しく。
そして――冬の光に包まれた二人の手は、いつまでも、いつまでも離れることはなかった。
やがて、碧南の小さく震える右手が、力なく膝の上へと置かれた。
凌はその手をじっと見つめる。
これまでに、何万回とパレットの上で色を混ぜ、誰よりも美しい夢と青空を描き続けてきた、奇跡のような手。
そして今は、病魔によってその自由を奪われ、思うように動かなくなってしまった、愛おしい手。
凌は、自分の冷え切った大きな右手をゆっくりと伸ばした。
そして――彼女の震える手の上へ、そっと、包み込むようにして重ね合わせた。
驚くほど冷たかった。けれど、その皮膚のすぐ下には、ドクドクと力強く脈打つ、確かな命の温もりが存在していた。
碧南はハッとしたように目を見開いた。
凌は、少しだけ照れ臭そうに、けれど今までで一番優しい、迷いのない眼差しで笑った。
「なあ、碧南」
「……うん」
「俺さ」
凌は、自分の人生に残された全ての誠実さを掻き集めるようにして、最後の、最も大切な言葉を選んだ。
それは、この不器用な二人の物語の、かけがえのない時間の、一番奥底に眠っていた本当の願い。
「お前の手が動かなくなったって……お前が二度と筆を握れなくなったって、そんなの関係ねぇよ」
重ねた手のひらに、優しく、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、力を込める。壊れ物を労るように。
「君の手が動く限り――いや、たとえ動かなくなったとしても、俺は、ずっとお前の隣にいたいから」
碧南の瞳から、それまでを遥かに凌駕するほどの涙が溢れ出た。もう、止めることなんてできなかった。
けれど、彼女の顔には絶望なんて一微塵もない。彼女は、今までで一番晴れやかな、世界で最高の顔で笑っていた。
凌は、そんな彼女の生きる意志をその瞳に焼き付けながら、静かに、そして力強く告げた。
「だから……」
冬の、冷たくも美しい空の下。
何処までも、何処までも続いていく、あの圧倒的な青空の下で。
藤代凌は、自らの人生で最も真っ直ぐな、祈りにも似た願いを口にした。
「頼むから、生きていてくれ」
その瞬間、今日一番の大きな突風が、墓地の大地を駆け抜けていった。
頭上の青空が、さらに鮮烈に、何処までも広がっていく。
それはまるで、かつて春原澄朱華が描き、碧南が愛し、そしてこれから藤代凌がその生涯を懸けて描き続けていく、あの奇跡の青空そのもののようだった。
何処までも、いつまでも美しく。
そして――冬の光に包まれた二人の手は、いつまでも、いつまでも離れることはなかった。



