雨は嫌いですか、私は好きです

 と、その時。
 どん、と軽く何かにぶつかった。

「あっ」

 腕の中のプリントが、一斉に床へ散らばる。ばさばさと音を立てて白い紙が廊下に広がった。

「す、すみません……!」

 慌ててしゃがみ込み、震える手でプリントを掻き集める。
 すると、向かい側からも同じように誰かがしゃがんだ。雨音の視界が薄っすらと陰る。

「大丈夫?」

 聞き覚えのある声だった。少し眠そうに浮ついていて、聞いていると気が抜ける優しい声。
 顔を上げると、そこにいたのは、雨音の隣の席である藤代凌(ふじしろりょう)という男子生徒だった。

「あ、藤代君」
「ごめんね、小森さん。ちゃんと前見てなかった」

 そう言いながら、凌は床に散らばったプリントを拾い集めていく。
 特別慌てる様子もなく、淡々と紙を揃えていく手つきが妙に落ち着いて見えた。
 雨音も辺りに散らばっているプリントを慌てて拾う。

「すみません……」
「いや、俺がぶつかったし」

 凌は何枚か揃えた紙を軽く整え、雨音に差し出した。

「数学、羽馬せんの?」
「……はい」
「結構あるね」

 小さく笑ってから、残りの紙を拾い上げる。
 束になったプリントを受け取ろうと雨音が手を伸ばすと、凌は徐ろに自身の方に引き寄せた。

「半分持つよ」
「え?」
「職員室でしょ?」

 雨音は少し迷ってから、小さく頭を下げた。

「……すみません」
「いいよいいよ」

 凌はそう言って、束の半分を抱えると立ち上がった。雨音もつられて立ち上がる。
 正午の暖かな光に満ちる廊下を二人並んで歩き出した。
 しばしの間、二人の間には沈黙が続く。何度か雨音は凌の顔を見上げるが、彼は何を考えているのか分からない顔を窓の外に向けていた。

「小森さんってさ、よく頼みごと引き受けてるよね」

 渡り廊下から階段へと差し掛かる時、不意に湊は雨音を見下ろして言った。
 斜めにしたに落としていた視線を慌てて上げ、雨音は小さく首を傾げる。

「掃除とか」

 少し考えてから、

「あと、こういうの」

 抱えたプリントを指さして言う。
 そう言われて、雨音は小さく口元に歪な笑みを浮かべた。

「……たまたまです」

 凌はそれ以上何も言わない。ただ「そっか」と微笑んで短く答えただけだった。