想いと共に花と散る

 迷いもなくはっきりと答えると、意外な顔をするでもなく満足げに担任は頷いた。

「流石だ」

 そう呟き、黒板に「豊玉発句集」と殴り書く。
 まるで、あの頃の記憶を辿っているようだ。黒板に忘れられない記憶が刻まれていく。

「それで、先生。雑学って何?」

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張った担任は、もう一度不敵な笑みを浮かべた。

「この唄はな、どういうわけか……その豊玉発句集には載っていないんだよ」

 載っていない、即ち歴史に残っていないということ。
 後世に残すためにまとめていたのか、ただ記録するためだったのかは本人にしか分からない。
 ただ、詩集があるということは、あの人が誰に批判されても貫き作り続けた唄が今も残っているのだ。
 しかし、あの日、あの海で唄ったものだけは、後にも先にも残っていない。

「じゃあ、なんで俺が知っているのか。それはな」

 チョークを置いてズボンのポケットからスマホを取り出すと、歩きながら画面を弄り始める。
 再び雪華の前に座ると、その画面を見せた。

「あ……」
「これの中に、あの唄を書いた紙が挟まれていたんだと」

 画面に映し出されていたのは、赤黒い染みが付いた古い懐中時計だった。
 何処かの博物館で撮られた写真なのだろう。隣には、これまた古びた紙切れが展示されている。
 あの人の字だった。几帳面で達筆で、けれど勢いのあるあの人の字。

「誰かからの贈り物だったのかもな。土方歳三が最期の瞬間まで大事にしていたものらしい」
「……そう、かもしれないですね」
「結城」
「何ですか?」

 この担任は、何か意味深なことを言う時、決まって相手を下から覗くように見上げる癖がある。
 今もそう。机に肘を付いて、雪華を見上げるようにして見ているのだ。

「人は、二度死ぬと言われている」

 ねぇ、土方さん。
 私の声が聞こえますか。
 もし聞こえているなら、ちゃんと聞いていてください。

「一度は、肉体が死んだ時」

 私は貴方に出会って、貴方に助けられて。
 本当に嬉しかったんです。

「そしてもう二度目は」

 初めは怖った。でも、貴方が誰よりも優しいことを知っています。
 いつも眉間に皺を寄せて、怒ってばかりいたけれど。
 意外とロマンチストで繊細な人なんだって、私は知っています。
 こんなことを言ったら、「西洋の言葉を使うな」って貴方は言うかもしれない。

「誰からも忘れられた時」

 それでも、私は貴方のそんなところが好きでした。

「だから、ちゃんと覚えておくこと。これから先、お前は色んな人に出会う。その度に辛い目に遭うことは避けられない。けど、忘れちゃあならないぞ」

 忘れません。絶対に、忘れてあげません。
 あの町で、あの場所で、あの人達と、笑って、泣いて、怒って、同じご飯を食べて、同じ道を志した日々を。
 貴方の隣で過ごした時間を。

「どんなに分厚い図鑑よりも、スマホやパソコンの中よりも、人の脳に刻まれる記憶の方が……ずっと貴重なもんだってことをな」