想いと共に花と散る

 教科書の数ページ程度でしか描かれない歴史も、その当時の背景には壮絶なものが隠されている。
 今では名前すら残っていない人も、時代に抗って生きようとしていたのだ。
 
「私が生きているのも、遠い未来では歴史に変わる。記録には残らないだろうけど、それでもいいんです」

 ただ覚えていれば良い。
 その当時に生きていたその人達のことを、その人達と過ごした時間を覚えているだけで十分。
 いっそのこと、記録に残らない方が良いかもしれない。

「……深いな」
「綺麗事すぎますかね」
「いいや、立派な考えだ。教科書に名前が載るくらいのことを重要視されるのは当たり前のこと。だが、その裏にはもっと多くの名があるからな」

 雪華の言葉がどんな世界を見て生まれたものかなど、この教師は分かるはずもない。
 それでも、担任は否定することはしなかった。
 互いに窓の外へ目を向け、橙色の空を烏が横切っていく様を眺める。
 しばしの沈黙の後、担任は窓の外から視線を外した。
 さすがは歴史担当教師。何処からとも無く歴史の教科書を取り出すと、パラパラとページを捲った。

「俺は、幕末の範囲が一番好きなんだ」

 丁度授業で習った範囲のページを開き、雪華の目の前に差し出す。
 
「結城は歴史が好きか?」
「……まあ」
「じゃあ、一つ雑学を教えてやろう」

 そう言って徐ろに立ち上がると、黒板の前まで意気揚々と歩き出す。
 チョークを手にした担任は、ダンダンと音を立てて殴り書いた。

 雪の華 折れずに立てる 花ひとつ

 一見、何を表しているのか分からない唄でしかないはずだった。

「知ってるか?」

 知らないわけがない。
 その唄は、雪に向けられたもの。そして、本当は雪華に贈りたかったもの。

「幕末を語るうえで、土方歳三の名前を忘れちゃあならない。この唄はな、土方歳三が残した一番最後の唄だと言われている。さて、ここで問題だ」

 チョークで殴り書いた唄を突きながら、振り返った担任は不敵に笑う。
 きっと雪華であれば答えられると分かっているのだろう。
 そして、雪華自身も、何を問われても答えられる気がした。

「土方歳三は俳句を作るのが趣味だったんだが、生涯で生み出した俳句をまとめた詩集がある。その名前は?」
「……豊玉発句集」

 沖田に誘われて二人で隠れて盗み読んだ時間は、今でも鮮明に思い出せる。
 二人でぎこちなさが目立つ一句一句に目を通し、時に笑って、時に感心して。
 あの人はこんなにも繊細だったのだと、気付かされたのだ。
 だから、知っているに決まっている。否、知らないわけがない。