想いと共に花と散る

 チャイムが鳴り、一日は瞬く間に過ぎ去っていく。
 放課後の誰もいない教室、二学期の何でもない一日。
 けれど、昨日までとは違う。雪華はもう、“過去に置いていかれた少女”ではない。
 過去を抱えて、未来へ歩く人間なのだ。

「結城」

 不意に名前を呼ばれて、窓の外から視線を外す。
 教室の入口に立っていた歴史担当であり、担任の教師がやけに重苦しい顔をして近寄ってきた。
 目の前の椅子を引いて座ると、一枚の紙を机の上に置く。

「後はお前だけだ」

 進路希望調査書。
 今は中学三年生の二学期。本来ならば、進路先は決まっていることが前提の時期。
 しかし、未だ雪華の進路先は決まっていない。否、決める気すら無かった。
 前までは高校に行かなくて良い。何処か遠くに行って、適当に生きる気でいたから。

「ねえ、先生」
「なんだ」
「私、家を出ようと思う」

 あくまでも、前の自分であったらの話。
 今はもう違う。何処か遠くに一人で行く気も、適当に生きるつもりもない。

「家を出て、ちゃんと高校に行こうと思う」

 両親が変わることはまず無い。今までもこれからも、名前を呼んではくれないままだ。
 それでも、名前を呼んでくれる人はこの時代にもいる。
 だったら、その人の元で生きていく方がずっと良いはずだ。

「いいんじゃないか」
「いいの?」
「今日の授業でお前もちゃんとやれる奴って分かったからな。自分で考えたんだろ」
「……うん。ありがと、先生」

 筆箱の中からシャーペンを取り出し、希望する高校の名前を記入する。
 その様子を担任は静かに見守っていた。

「結城に、一つ聞きたいことがある」
「何?」

 記入し終えた進路希望調査書を手にした担任は、真剣な眼差しを雪華に向けた。

「お前、知っているのか。歴史を」

 授業を受けているから当たり前じゃないですか。
 そんな言葉を言うことは許されないのだと、向けられる視線で察してしまう。
 この教師はそんな言葉を期待しているのではない。

「さっきの授業でお前が答えたのは、確かに忠実に沿っていて正しい。ただ、やけに自分が見てきたことのように語るからな」
「……タイムスリップでもしたのかって聞きたいんですか?」
「っ……! い、いや」

 そう分かりやすく狼狽するのなら聞かなかったら良かったのに。
 そんな事はわざわざ言わない。

「少し、考え方が変わっただけです。歴史は単なる過去じゃないってこと」