想いと共に花と散る

 祖母の言う通り。蔵の外に出ると、空はまだ橙色に染まり始めた頃だった。
 五年以上もあの時代にいたはずなのに、こっちでは半日程度しか経っていないのである。
 どうしてあの時代に行ったのか、どうやってあの時代に行けたのかは分からない。
 だから、もしかしたらの世界しか考えられないけれど。
 もしかしたら、神様はチャンスをくれたのかもしれない。
 愛を知らず、愛すことを知らず、生きる意味を見失っていた哀れな少女に、彼らと出会わせることでそれらを教えようとしたのかもしれない。

「どんな夢だったんだい?」
「あったかい夢だよ。強くて、格好良くて、ずっと隣りにいてくれて、それで……大好きで堪らない人達がいたの」
「大好き、か。それは、本当にいい夢だったんだねぇ」
「うん!」

 祖母の皺だらけの手を握って庭に戻ると、そこは記憶の中と何も変わっていなかった。 
 庭に植えられた大きな松の木。数十年、数百年、人々の成長と時代の移り変わりを見てきたのであろう松の木が雪華を見下ろしていた。
 そして、記憶が正しければ。
 その隣にはあの木が植えられているはず。

「あ……」
「どうしたの?」

 あんまりだ。こんなの酷すぎる。

「なんで、ここに………なんであるの」

 垂れ下がった桜の木の枝にきつく結ばれた紐。見間違えるはずがない。
 これは、彼が雪に贈ったもの。
 彼の最期の瞬間に目の前にいた雪が身に着けていた桜色の結い紐だ。

「忘れるなってこと?」

 忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
 現実ではなかったとしても、夢だったとしても、忘れられない。
 だって、今も。
 今までも、これからも。

「好きなんだから、当たり前でしょ」

 愛するのは彼一人。

「雪華ちゃん」
「……なあに」
「雪華ちゃんにねぇ、見せたいものがあるんよ」
「見せたいもの?」
「きっと、気に入るよぉ」

 柔らかく笑った祖母はそう言って、雪華の手を握ると縁側から部屋の中に入った。
 廊下を進んで、幾つかの部屋を過ぎると、物が溢れ返った物置部屋の中に入る。
 雪華は部屋の入口に立ち止まり、祖母が箪笥を開けて中を漁る様子をぼんやりと眺めていた。

「あ、あったあった」

 箪笥の中から取り出されたのは、色褪せた布に包まれた柔らかい何か。
 それを畳の上に置き、雪華に向かって手招きをした。

「これはねぇ、おばあちゃんのおばあちゃんが大切にしていたものなんよ」
「おばあちゃんの、おばあちゃん?」
「そう。おばあちゃんはね、いつか孫ができた時に見せてあげてって言ってずっと残しとったの」

 そう言って、祖母はゆっくりと布を開いた。