黒田は僅かに息を吐き、目の色を変えた。
「隊列を維持しろ」
下された命令は短い、だが兵は乱れず態勢を維持し続けている。
崩れた箇所が即座に埋まり、土方が突破しても包囲が形を成した。
戦は個の強さではなく、全体で進む。新しい時代の戦い方だ。
(潜り抜けてきた戦場が違う……っ)
土方はそれを理解している。理解してなお、前へ出た。
刀で語り合ってきた土方は、最新鋭の武器と戦略で戦うことを知らなかった。
蝦夷に来てから知った戦法なのである。黒田が一枚上手なのは、避けられようのない事実だ。
それでも、立ち止まらない。馬が跳ね、銃弾が頬を掠り、その弾丸が後方の隊士を撃ち抜こうと、決して。
白煙が晴れかけた一瞬、再び視線が交わる。
黒田と土方。距離は縮まった。互いに声は届かない。
だが分かる。これは個人の怨恨ではない。
時代の衝突だ。
「あんたは……時代の先にいんだな」
土方は手綱を握り直し、乱暴に銃を構えた。
背後で誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。それでも振り返らない。
振り返れば足が止まる。守るものは、もう置いてきた。
(すまねぇと言えば、お前は俺を叱るか?)
後は貫くだけ。己が信じるものだけを信じ、正しいと思うものを正し続けるだけだ。
黒田がゆっくりと右手を上げた。
戦場の流れが変わる。空気が一段重くなるのを土方は感じ取った。
(やっぱし、最後に顔見ときゃよかったな)
次の一手が来る、肌で分かった。
戦場が、こちらを呑み込もうとしている。だが、土方は馬を止めない。
視界の端で味方が崩れる。叫び声が上がる。血飛沫が辺りを染め上げる。
それでも振り向かない。
(……退くな)
誰に向けた言葉か分からない。自分か、部下か、それとも過去か。
ふと、白煙の向こうに浅葱色が揺れた気がした。
あり得ない。とうに脱ぎ捨てたはずの羽織がここにあるなど。
(何を、今更……)
これは走馬灯ではない。走馬灯は人が最期を迎える時、未練を振り払うために見るものだ。
まだ終わらせる気はない。だから見えるはずはないのだ。
それでも、彼らはそこにいた。
背後に並ぶようにして確かに存在している。
『副長』
何度も、何度も聞いた声で呼ばれた気がした。
土方は小さく息を吐き、口元に小さく笑みを浮かべる。
「行くぞ」
誰もいない空間へ向けて呟いた。もちろん、返事なんてあるはずもない。
守るものは置いてきた。だが、背負ってきたものはここにある。
浪士組。新撰組。鬼の副長。
それだけでいい。
「次に備えろ! 構え!」
前方で敵兵が動いた。整然とした動きで銃口が一斉に上がる。
土方は馬腹を蹴り、前へさらに前へと進み続けた。
空気を弾丸が裂く音が耳を掠める。
時間が僅かに伸び、トレンチコートの裾を広げていた風が止む。
やけに視界が澄み渡った。見上げてみれば、青い空が異様に近い。
(近藤さん……俺は、最後まで抗ったぜ)
悔いはある。だが、迷いはない。
あの時、皆に掛けられた呪いが今になって解けたのだ。
生きる場所は見つかっていた。ずっと前に、すぐ傍にあった。
目の前に、黒い点が生まれる。それは真っ直ぐに、こちらへ向かっていた。
「隊列を維持しろ」
下された命令は短い、だが兵は乱れず態勢を維持し続けている。
崩れた箇所が即座に埋まり、土方が突破しても包囲が形を成した。
戦は個の強さではなく、全体で進む。新しい時代の戦い方だ。
(潜り抜けてきた戦場が違う……っ)
土方はそれを理解している。理解してなお、前へ出た。
刀で語り合ってきた土方は、最新鋭の武器と戦略で戦うことを知らなかった。
蝦夷に来てから知った戦法なのである。黒田が一枚上手なのは、避けられようのない事実だ。
それでも、立ち止まらない。馬が跳ね、銃弾が頬を掠り、その弾丸が後方の隊士を撃ち抜こうと、決して。
白煙が晴れかけた一瞬、再び視線が交わる。
黒田と土方。距離は縮まった。互いに声は届かない。
だが分かる。これは個人の怨恨ではない。
時代の衝突だ。
「あんたは……時代の先にいんだな」
土方は手綱を握り直し、乱暴に銃を構えた。
背後で誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。それでも振り返らない。
振り返れば足が止まる。守るものは、もう置いてきた。
(すまねぇと言えば、お前は俺を叱るか?)
後は貫くだけ。己が信じるものだけを信じ、正しいと思うものを正し続けるだけだ。
黒田がゆっくりと右手を上げた。
戦場の流れが変わる。空気が一段重くなるのを土方は感じ取った。
(やっぱし、最後に顔見ときゃよかったな)
次の一手が来る、肌で分かった。
戦場が、こちらを呑み込もうとしている。だが、土方は馬を止めない。
視界の端で味方が崩れる。叫び声が上がる。血飛沫が辺りを染め上げる。
それでも振り向かない。
(……退くな)
誰に向けた言葉か分からない。自分か、部下か、それとも過去か。
ふと、白煙の向こうに浅葱色が揺れた気がした。
あり得ない。とうに脱ぎ捨てたはずの羽織がここにあるなど。
(何を、今更……)
これは走馬灯ではない。走馬灯は人が最期を迎える時、未練を振り払うために見るものだ。
まだ終わらせる気はない。だから見えるはずはないのだ。
それでも、彼らはそこにいた。
背後に並ぶようにして確かに存在している。
『副長』
何度も、何度も聞いた声で呼ばれた気がした。
土方は小さく息を吐き、口元に小さく笑みを浮かべる。
「行くぞ」
誰もいない空間へ向けて呟いた。もちろん、返事なんてあるはずもない。
守るものは置いてきた。だが、背負ってきたものはここにある。
浪士組。新撰組。鬼の副長。
それだけでいい。
「次に備えろ! 構え!」
前方で敵兵が動いた。整然とした動きで銃口が一斉に上がる。
土方は馬腹を蹴り、前へさらに前へと進み続けた。
空気を弾丸が裂く音が耳を掠める。
時間が僅かに伸び、トレンチコートの裾を広げていた風が止む。
やけに視界が澄み渡った。見上げてみれば、青い空が異様に近い。
(近藤さん……俺は、最後まで抗ったぜ)
悔いはある。だが、迷いはない。
あの時、皆に掛けられた呪いが今になって解けたのだ。
生きる場所は見つかっていた。ずっと前に、すぐ傍にあった。
目の前に、黒い点が生まれる。それは真っ直ぐに、こちらへ向かっていた。



