想いと共に花と散る

 蹄が土を抉る音が、地面を震わせていた。
 夜明けの光はまだ弱く、薄靄の向こうに敵影が揺れる。
 白煙が流れ、硝煙の匂いが鼻を刺した。

「前へ出るな! 隊列を崩すな!」

 怒号が飛ぶ。だが騎兵の勢いは止まらない。
 土煙の奥から、整然とした列が姿を現す。旧来の寄せ集めではない。統率の取れた、近代軍そのものだった。
 土方は馬上で目を細める。
 あれが、新しい時代の軍か。
 銃剣が一斉に光を弾く。規律の中にある静かな殺意には無駄がない。
 その中央に、一際落ち着いた影があった。
 軍帽の下は冷静な目で戦場を見渡している。

「黒田、清隆……っ」

 僅かに笑みが零れる。一度刃を交え、そして負けた相手。
 宮古湾での激戦が思い出される。あの時は時代への適合能力の差に手も足も出せず、土方達は負けた。
 しかし、今は違う。こちらも兵と武器を集め、時代に適合しようとしている。

「土方歳三か」

 その上、新政府軍の将が目の前にいるときた。これはまたとない機会である。
 土方は手綱を引き、馬を一歩進めた。
 敵もまた、こちらを見ている。ほんの一瞬、視線が交わった。
 鬼の副長と、新政府の将。
 黒田は僅かに顎を引く。驚きも嘲りもなく、ただ事実を確認するように。

「冥土の土産だ」

 土方は嗤わらうことも、怒鳴ることもしない。ただ真っ直ぐに相手を見据える。
 時代の境目が、そこに立っていた。
 刀の時代と、銃の時代。
 武士の意地と、国家の理。
 それらを吹き飛ばさんが如く強い風が吹く。土煙が揺れ、両軍の間に僅かな空白が生まれた。
 しばし静寂の一拍の後、黒田が静かに手を上げた。
 新政府の将として無駄のない動きを見せた次の瞬間、号令が飛ぶ。

「前進!」

 手が振り下ろされると同時に銃剣を構えた兵が動き出す。

「来い」

 低く呟き、強く手綱を引いた。
 鬼は逃げない。時代が変わろうと、退かない。

「逃げる理由なんざ、ありゃしねぇ!」

 馬腹を蹴り、土方の馬が隊列の一番前へ出た。
 それを見た敵兵の銃口が一斉に向く。
 黒田の目が僅かに細まった。その視線の中にあるのは、侮蔑ではない。
 覚悟を測るように静かに観察している。