想いと共に花と散る

 優しいわけがないのだ。優しさなど、ずっと昔に捨てたのだから。

「冗談も寝て言え」
「違います。僕は事実を言ったまでです」

 何をそんなに本気になる必要があるのだろう。
 冗談を真に受けるほど阿呆らしいことはないと思うのだが。

「最も、結城さんに対してですけど」

 口元に湯呑みを運ぶ手が止まった。中に入っていた茶が数滴溢れて手を濡らす。
 どうして、ここであの名前を出す必要がある。
 土方の警戒心は一気に高まった。こうして市村を睨め付けるなど、初めてのことだ。

「教えてあげましょうか?」
「辞めろ」

 知りたくない、知ってはならない。
 ここで気付いてしまえば、もう二度と自分自身に嘘を吐けなくなってしまう。

「まずは、お二人が蝦夷に来たばかりの頃。つねさんと榎本さんの、まあ、仲よさげな様子を見て帰ろうとしましたよね。当たり前のように結城さんを連れて」

 辞めろ。

「“俺達は、生きる場所を作りに来た”でしたっけ。結城さんも一緒なんですよね」

 辞めろと、言っている。

「後は、そうだな。歓迎会で榎本さんに酒を飲まされた結城さんを土方さんは支えましたけど。……やけに他の人から遠ざけましたよね。自分のだとでも言いたげに」

 いい加減にしろ。そんな言葉は出てこない。

「なんで、自分から手放すんですか。大切なんでしょう」
「……大切だからだよ」
「理解できません」

 机に手を着き、大きく身を乗り出した市村は鋭く睨め付ける。
 相手が鬼と呼ばれた男であっても、怯む素振りも見せない。

「なら、てめぇは自分が大切に思う人間が、生死を彷徨う様を見たことがあるか?」
「え―――」
「頭から血を流して、掠れた声出して、橋の下に寝かされて。そっから一ヶ月も目を覚まさねぇ。その一ヶ月間、どんな想いで過ごしてきたか」

 あの時、偶然通り掛からなければ。浪士に絡まれているところを助けた後に、連れて帰ったりなどしなければ。

「俺と出会わなきゃ、あいつは傷つかなくて良かったんだ」

 自分が傷つけた。自分の隣に置いたせいで傷つけてしまった。
 運命を変えてしまったのだ。

「何故、分からないんです。結城さんは、それでも貴方の隣にいようとした。それが、答えではないのですか」

 何も答えず、窓の外に視線を投げるだけの土方を見た市村は、苦しげな声を出して部屋を出ていった。
 一人だけになった部屋の中、一筋の涙が静かに流れたのは後の歴史には残らない。