想いと共に花と散る

 久方ぶりにベッドの上で穏やかな朝を迎えた。銃声ではなく小鳥の囀りで目覚めたのは、それはそれは久しぶりのことである。
 目を開けた先に見えるのは、見慣れない木目の天井。
 そこからゆっくりと周囲に視線を向ける。何が入っているのか分からない箪笥、趣味でないはずなのに大量の本が入った本棚、文机に椅子、小さな花が活けられた花瓶。どれもこれも見たことのないものばかりだ。

「……そうだった」

 もう小姓ではなくなったのだ。戦場に出ることも、戦場に出る人達を支える必要もない。
 結城雪としての人生は終わったから。

「結城君、いるかい」
「はい」

 ほんの一瞬だけ、期待した自分がいた。
 結城君と呼ぶ人は大鳥くらいのものだったのだ。だから、戻ってきてくれたのだと思ってしまう。
 けれど、部屋の扉を開けて入ってきたのは、もっと年上で髪の短い穏やかな風貌の男性。
 優しい雰囲気は似ているが、大鳥の持つ殺伐とした雰囲気はこの男性からは微塵も感じられない。

「何かご用ですか?」
「いや、用ってほどではないんだけれど。少しお出掛けでもしないかい?」
「お出掛け?」
「私もいるわよぉ」
「わっ、つねさんまで」

 よく見てみれば、朝方だというのに二人はやけにめかし込んでいる。
 つねの手に買い物籠が握られている辺り、二人で先に決めたのだろう。全く何を考えているのか分からない人達だ。

「息抜きをしよう」

 何に対しての息抜きなのかなど問わずとも察せる。
 鷹宮はずっと戦場の脇にいた雪の身を案じたのかもしれない。
 
「下で待っているから、用意ができたら来てねぇ」

 そう言って二人は部屋の扉を閉じる。足音が遠ざかっていき、やがて途切れた。
 雪はベッドの上で膝を抱えたまま、しばしぼんやりと天井を眺める。
 こんなことをして良いのだろうか。今この瞬間にでも戦が始まって、その最前線にあの人達がいるかもしれない。

「終わった、終わったんだよ……私は、全部」

 結局、主と小姓の関係でしか無かった。その間に特別なものは何一つとして無い。
 その主従関係が無くなった今、彼の隣りにい続ける理由などありもしないのだ。
 正体を隠して男のフリをする必要も、誰かのために茶を煎れる必要も、身の回りの世話をする必要も無い。
 今の方がよっぽど平和だ。血腥い場所ではなく、花のような甘い香が漂う綺麗な部屋にいられる。

「……寂しい」

 そして、何処を探しても彼の存在を証明するものは一つも無かった。