それなのに、いつの間にか土方の好みを的確に再現するようになって。
窓のごとく濡らしていたお盆に水滴一つ付けないようになって。
「……気づいたら、隣にいるのが当たり前になってた」
当たり前になんてするべきではなかった。そう言ってしまえば全て終わりなのだろう。
「近藤さんが決めた役目だ。俺はそれにただ従ってただけだと、最初は思ってたさ」
時代の流れで人の関係性など簡単に変わる。
雪が生きる未来で絶対に服従しなければならない存在がいるのかどうかは分からない。けれど、雪とで最低限の礼儀はわきまえている。
目上の相手が言ったことには従う。当たり前のことをしていたに過ぎない、そう思っていた。
「だがな、いつからか……俺はその立場を使い始めた。小姓だからって理由で、隣に置き続けたんだ」
戦場でも、屋敷でも、船の上でも、浜辺でも。
何処でだって副長という立場を使い、上手く理由をつけてきた。
「副長の命令なら、逆らえねぇしな」
戦に勝つためであればどんな手段も厭わない。組織を束ねるためであればどんな反感でも買う。
だから、鬼だと言われ恐れられた。
それで良かったのだ。組織を作る以上、誰かが鬼となり規律を正さねばならないのだから。
「あいつが“行きたい”と言えば許した。だが、“離れる”と言う選択肢だけは、与えなかった」
「それは―――」
「分かってる」
大鳥の言葉を遮って言い、首だけで振り返ると、力ない笑みを口元に浮かべた。
「近藤さんが託した役目を、俺は私物化したんだ」
情なんて持つものではないと言った者がいた。情は時に剣を鈍らせるから。
『では、せめて吐き出せる場所を作ってやるくらいはできないか。こうした静かな夜だけでもいい。あの子が一人ではなく、誰かと共にあれる時間を』
そうと分かっていながらも、一度持ってしまった情は捨てきれず。
ここまで引きずってきておいて、最期には自分から切り離してしまった。
あの人は託した。誰よりもありふれた普通を願い、実現させたかったのはあの人だったのに。
「小姓って肩書きは便利だった。守る名目で縛れる。戦場に連れて行くのも、遠ざけるのも、全部俺の一存だ」
こんなにも下劣な考えをするような人間だっただろうか。
酷すぎて自分でも笑える。思わず笑い声を零すと、大鳥の目が鋭く細められた。
「近藤さんは、あいつを俺の支えにするつもりだったのかもしれねぇ」
「そんな人なのかい?」
どんな人だったのだろう。近藤勇という男は、一体どんな姿で前に立っていたのだろう。
改めて問われると、どうにも分からなくなってしまう。
「いいや、違う。俺は、支えにされた」
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
新撰組にはもう一人の鬼がいたということ。
最期の瞬間に雪と土方へ呪いをかけ、残酷な置き土産をした鬼だ。
「支えにしてる自覚があっても、手放せなかった」
私情など早々に斬り捨てるべき。誰よりもそれを唱えていたのは土方だった。
「俺は副長だ。私情で動いちゃならねぇ立場にいた」
「誰かの上に立つ者は、それが鉄則だろう」
いつの時代も大勢の上に立つ者は威厳を示さなければならない。
頭が崩れれば、その土台も崩れてしまう。
「けどな、端から私情でしか無かったさ。大鳥さん、あんただってきっと同じことを思うだろうよ」
「何をだい」
「目の前でこの世の全てに絶望しました、もう生きていたくありません見てぇな顔をした若い女がいる。そいつは浪士に刀を向けられても怯えること無く、むしろその刀で殺せと願う。こんなにも奇妙なことがあるか」
窓のごとく濡らしていたお盆に水滴一つ付けないようになって。
「……気づいたら、隣にいるのが当たり前になってた」
当たり前になんてするべきではなかった。そう言ってしまえば全て終わりなのだろう。
「近藤さんが決めた役目だ。俺はそれにただ従ってただけだと、最初は思ってたさ」
時代の流れで人の関係性など簡単に変わる。
雪が生きる未来で絶対に服従しなければならない存在がいるのかどうかは分からない。けれど、雪とで最低限の礼儀はわきまえている。
目上の相手が言ったことには従う。当たり前のことをしていたに過ぎない、そう思っていた。
「だがな、いつからか……俺はその立場を使い始めた。小姓だからって理由で、隣に置き続けたんだ」
戦場でも、屋敷でも、船の上でも、浜辺でも。
何処でだって副長という立場を使い、上手く理由をつけてきた。
「副長の命令なら、逆らえねぇしな」
戦に勝つためであればどんな手段も厭わない。組織を束ねるためであればどんな反感でも買う。
だから、鬼だと言われ恐れられた。
それで良かったのだ。組織を作る以上、誰かが鬼となり規律を正さねばならないのだから。
「あいつが“行きたい”と言えば許した。だが、“離れる”と言う選択肢だけは、与えなかった」
「それは―――」
「分かってる」
大鳥の言葉を遮って言い、首だけで振り返ると、力ない笑みを口元に浮かべた。
「近藤さんが託した役目を、俺は私物化したんだ」
情なんて持つものではないと言った者がいた。情は時に剣を鈍らせるから。
『では、せめて吐き出せる場所を作ってやるくらいはできないか。こうした静かな夜だけでもいい。あの子が一人ではなく、誰かと共にあれる時間を』
そうと分かっていながらも、一度持ってしまった情は捨てきれず。
ここまで引きずってきておいて、最期には自分から切り離してしまった。
あの人は託した。誰よりもありふれた普通を願い、実現させたかったのはあの人だったのに。
「小姓って肩書きは便利だった。守る名目で縛れる。戦場に連れて行くのも、遠ざけるのも、全部俺の一存だ」
こんなにも下劣な考えをするような人間だっただろうか。
酷すぎて自分でも笑える。思わず笑い声を零すと、大鳥の目が鋭く細められた。
「近藤さんは、あいつを俺の支えにするつもりだったのかもしれねぇ」
「そんな人なのかい?」
どんな人だったのだろう。近藤勇という男は、一体どんな姿で前に立っていたのだろう。
改めて問われると、どうにも分からなくなってしまう。
「いいや、違う。俺は、支えにされた」
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
新撰組にはもう一人の鬼がいたということ。
最期の瞬間に雪と土方へ呪いをかけ、残酷な置き土産をした鬼だ。
「支えにしてる自覚があっても、手放せなかった」
私情など早々に斬り捨てるべき。誰よりもそれを唱えていたのは土方だった。
「俺は副長だ。私情で動いちゃならねぇ立場にいた」
「誰かの上に立つ者は、それが鉄則だろう」
いつの時代も大勢の上に立つ者は威厳を示さなければならない。
頭が崩れれば、その土台も崩れてしまう。
「けどな、端から私情でしか無かったさ。大鳥さん、あんただってきっと同じことを思うだろうよ」
「何をだい」
「目の前でこの世の全てに絶望しました、もう生きていたくありません見てぇな顔をした若い女がいる。そいつは浪士に刀を向けられても怯えること無く、むしろその刀で殺せと願う。こんなにも奇妙なことがあるか」



