「せめて、顔くらいは見せてやれば良かったのでは?」
微かな鋭さを宿した大鳥の声が聞こえ、土方は窓の外から目を逸らした。
廊下の先から大鳥が近づいてくる。口元は笑っているが、目は据わっていた。
「そうまでして突き放す理由があるのかい?」
「理由、理由か……」
数刻前、雪とつねが立っていた場所にもう一度目を向けた。
今は誰もいない。それでも、土方はこの場所から確かに見ていた。
主と小姓という関係を失った雪を見る、最後の瞬間を。
「あいつには、俺の隣じゃねぇ普通の生活が必要だと思った。それだけだ」
未来から来たという雪は、この時代に来てから今まで土方の隣りにい続けた。
一度も逃げ出すことはせず、土方の小姓でい続けた。
当たり前になっていたのだ。隣にいること、今はない新撰組の一隊士でい続けることが。
「その普通の生活は、どういったものを言うんだい?」
「そりゃあ、飯が食えて、布団があって……帰る場所があることじゃねぇか」
大げさな溜息が聞こえた。
見てみれば、眉間を押さえて首を振る大鳥の姿が目に入る。心底呆れている様子だ。
「何だ」
「まさか、君がそこまで鈍感だとは思わなかった」
「は?」
「鬼の副長と言うより、天邪鬼の副長と言う方が似合っているのではないかい」
ふるふると首を振りながら、「こりゃ救いようがない」と頻りに呟く。
土方は意味が分からず、眉間に皺を寄せて大鳥を睨め付けた。
「結城君、泣いていたらしいじゃないか」
冷たい氷のような大鳥の視線が土方を射抜いた。
完全に初耳である。いつ泣いていたのか、どうして泣いていたのか理由は大体想像がつく。
しかし、実際にその姿を土方は見ていない。
否、見ることを拒んでしまった。無理矢理突き放し、自分から避けたのだ。
「鉄から聞いた。何度も“置いていかれた”と言っていたそうだ」
「………」
「大した理由も言わずに無理矢理行かせたんだろう。理由を言ってしまえば、結城君は逆にここに残ると言うから」
一歩大きく踏み出した大鳥は、肩から垂れ下がる髪を揺らして土方の顔を見上げた。
向ける目には確かな怒りが滲んでいる。
「誰よりも彼女の幸せを願っているはずだ。それなのに、どうして独りにした」
「独りじゃねぇ。つねさんがいんだろ」
「君がいなければ、結城君はいつまでも独りのままだ!」



