想いと共に花と散る

 石垣が震え、砂塵が舞う。視界の端で兵が倒れ、誰かが叫ぶ。
 それでも土方は立地続けた。倒れていった者達の名を、いちいち数えてしまわないために。

「右の砲座を上げろ! 撃てる角度まで持っていけ!」

 怒号の向こうで、大鳥が振り返る。煤に塗れた顔で、僅かに頷いた。

「弾は残り少ない。無駄は撃たせられないよ」
「無駄にするな。だが惜しむんじゃねぇ」

 短い応酬が飛び交う。
 理と胆が噛み合った。砲が火を噴き、突破口に集まった敵が崩れる。
 土方は周囲に視線を走らせた。
 左翼が押されている。次の指示を出さなければ、すぐにでも押しやられてしまう。
 そこへ、片腕の影が割り込んだ。伊庭が血に濡れ笑っている。

「まだ踊れるぜ、指揮官様よぉ」
「踊ってねぇで前だけ見ろ」

 冷たく言い捨てるが、その背に弾丸が飛ぶのを見逃さない。
 土方は刀を振り上げて半歩前に出ると、敵兵の銃剣を払い落とした。

「下がれとは言わん。だが死ぬな」

 伊庭が歯を見せる。

「欲張りだな」
「当たり前だ。こんな所で命かけてやってんだ、欲張りになったとて文句はねぇはずだろ」

 次の瞬間、敵が雪崩れ込んできた。刃と銃床がぶつかり、火花が散る。
 土方は一人を斬り伏せ、二人目の喉元に柄を叩き込んだ。
 止まらない。止まれば、崩れる。
 台場の奥で、榎本が伝令を飛ばしているのが見えた。全体を測る目、潮目を読む顔をしている。
 土方はそんな彼に元に近づき、息を荒げながら問うた。

「持つか」

 榎本は海を一瞥し、土方へと視線を向けて淡々と返す。

「持たせてる。だが、長くはねぇな」
「舟は」
「用意させてるさ。到着次第、負傷者を優先に運ぶ」

 土方は小さく頷き、榎本に背を向けた。
 言葉は少ない。だが、互いに理解している。

「最後に退くのは」
「分かってるっての」

 榎本の声は揺れず、真っ直ぐとした芯を持っていた。
 すぐ傍で敵兵が打ち込んだ砲弾がまたも爆ぜる。石が砕け、破片が頬を裂いた。
 土方は袖で血を拭い、崩れた石垣へ走る。
 石垣の影では、若い兵が尻餅を着いて震えていた。実戦経験の少ない様子が見て取れる。数集めに巻き込まれたというところだろう。

「立て」

 短く命じると、兵は顔を上げて土方の目を見た。
 確かな恐怖と絶望に歪んだ顔である。土方にとって数えられないほど見てきたものであり、心底嫌いな顔だった。

「ここは、守れる」

 土方は断言した。根拠はないが、今はその言葉が必要だったのである。
 その言葉を聞いて若い兵は立った。
 次の瞬間、銃声が二人の耳を劈く。土方は身を捻り、撃ち込まれた銃身を蹴り上げた。
 刃が空気を裂き、敵がものの見事に崩れる。
 視界の端で、大鳥の砲がまた火を噴いた。
 伊庭が突破口に飛び込み、笑い声を上げながら敵を斬り伏せていく。
 榎本は冷静に戦況を見極め、次の手を打った。
 全員が、己の持ち場を燃やしている。

(ここで踏み留まらねぇと……負けるぞ)

 だが、時は訪れ潮は満ちる。
 敵は未だ尽きない。
 土方は息を整え、煙の向こうを睨んだ。退く時は来る。だが、まだ今ではない。

「持ち場を離れるんじゃねぇ! 隊を崩すな!」

 声が石垣を伝い、応じる声が返った。
 その一瞬だけ、弁天台場はひとつになる。そして再び、銃声が降った。