想いと共に花と散る


「榎本!」
「分ぁってる!」

 一方、台場の奥では榎本が全体を見渡していた。
 戦況は、押されている。兵の数も、弾も、尽きかけている。
 大鳥は余裕のある物言いをしていたが、それも士気を保つための戯言でしか無かった。

「……時間の問題か」

 低く押し殺した呟きが溢れる。傍に控えている兵士が表情を歪める様は、上に立つ者の一言で迷いを感じているもの。
 だが、そんな様子の兵士を横目にする榎本の表情は崩れない。

「伝令だ、負傷者は順次退かせろ。舟の準備を進めておけ」
「はっ」

 戦いながらも次を考える男の顔を向け、淡々と指示を飛ばす。
 自分の言葉一つで戦況がひっくり返ることを理解しているからこそ、感情を殺すしか無いのだ。
 苦しげな顔をそむけて走り出す兵士の背中から視線を逸らし、再び前を見据えた。
 またも敵からの砲撃が襲い掛かってくる。

「正面にばかり気を取られんなよ! 背後にも警戒しろ!」

 その指示が飛ぶと同時にすぐ近くで爆炎が上がり、土方の背後で兵が倒れていった。
 後方へ土方の意識は奪われる。その隙を見た敵兵が懐へと飛び込もうとした。
 すぐさま伊庭が駆け寄り、その敵を叩き伏せる。

「戦場で意識を散漫させるとは、指揮官様らしくないぜ。そろそろ退くか?」

 伊庭は荒い息の中、何処か小馬鹿にするような口調で問うた。
 一瞬視線を提げた土方は、再び真っ直ぐと敵陣を睨み据えて口を開く。
 砲煙の向こうには旗が揺れ、弁天台場は確実に削られている。
 だが、

「まだだ」

 終わるわけにはいかない。旗が立てられようと、状況が悪化していようと、退くわけにはいかないのだ。

(帰る場所が、守らにゃならん場所があんだよ)

 重く絞り出されたその声に、兵が踏み留まった。
 ここが最後の砦。守るために集まった者達が、今この瞬間、燃えている。
 だが、波は止まらない。 
 敵兵が石垣を越え、突破口から雪崩込んで来た。敵兵の銃剣が光る。
 弁天台場は、炎と硝煙の中で揺れていた。