想いと共に花と散る

 弁天台場の石垣が、砲撃で崩れ落ちた。
 海からの砲声が空気を震わせ、地面が揺れる。砲煙が白く立ち込め、視界は半ば奪われていた。

「持ち場を離れるな!」

 石段の上に立つ土方は、刀を握り声を張り上げた。鋭い眼光を走らせ、迫る敵兵に向けて迷いなく刀を振るう。
 刃が閃く。一人、二人と斬り伏せ、すぐさま周囲に散らばる兵に向かって指揮を飛ばす。
 だが、敵の数は想像を絶するほど多い。銃声が石を砕き、破片が頬を掠めた。

「そっちはどうだ!」
「弾薬はまだ持つ! こちらのことは私に任せて、君は前を見ていてくれ!」

 大鳥は砲座の最前線で声を張り上げる。汗と煤に塗れながら、砲兵へ的確に指示を飛ばした。

(持久戦じゃねぇか……。消耗が激しすぎる)

 端から攻めではなく守りに徹することを満場一致で決めた。
 それはいい。しかし、圧倒的な戦力差が土方達を苦しめるのだ。
 兵力の差とも言える。最新鋭の銃と大砲を所有する新政府軍とは違い、旧幕府軍は寄せ集めの砲撃しかできない。
 攻めることができなければ守りに集中しなければならないが、それでもこのままでは早くに限界を迎える。

「角度を下げろ! 奴らは石垣を狙っている!」

 次の瞬間、弁天台場の砲が火を噴いた。轟音と共に敵陣が弾ける。
 海風に混じる硝煙の匂いが漂う。ずっと昔は知ることもなく、今になって嗅ぐようになった匂いだ。
 血の匂いですら人間の本能は不快感を叫ぶ。そこに硝煙の匂いが重なれば、最早逃げ場もない。
 舌打ちが抑えられない土方の下で、身軽な動きを見せる伊庭が笑った。

「上等だ!」

 片腕で銃を撃ち、距離が詰まれば瞬時に刀に持ち替える。常人なら退く場面でも、彼は前へ出た。
 血を浴びながらも、その足は止まらない。

「まだ終わっちゃいねぇぞ!」

 敵兵が波のように押し寄せる。戦力は武器だけでなく、その抱える兵士の数ですら天と地の差があった。
 石垣の一角が崩れ、突破口が開く。
 そこを的確に敵兵が突き、兵士の波はいとも簡単に近づいてきた。

「右手を塞げ!」

 土方は即座に動き、数人の兵を引き連れて崩れた箇所へ走る。
 そこへ、何処に潜んでいるのかも分からない敵兵が放った銃弾が飛んだ。
 銃弾は土方の頬を掠める。
 頬には真一文字に赤い一線ができた。血が流れ出て、顎先から雫が落ちる。
 だが、退かない。
 刃と銃床がぶつかり、甲高い音が響こうと後ろを振り返るような真似はしなかった。