「僕、結城さんと小姓であれて嬉しいです」
もしも、雪が土方の小姓という立場に置かれていなければ。
彼に付いてこの函館という地にまでやって来なければ、市村と出会わなければ。
市村の口からそんな言葉が出てくることなどなかったのだろうか。
「うん。私も、鉄君と同じ小姓でいられて嬉しい」
───ドンッ!
その時、耳を劈く轟音が聞こえたかと思うと部屋が大きく揺れた。
地震かと思われたが、すぐにそれは違うと否定される。
「っ、始まりましたか」
海からの砲撃が石垣を叩き、衝撃が床を揺らす。天井の梁が軋み、砂塵がぱらぱらと落ちてくる。
宮古湾での敗北から、旧幕府軍側は弁天台場という地で守りの体制に入った。
物資不足や負傷兵の増加、海上封鎖などみるみる内に旧幕府軍側は不利な状況へと追いやられている。
そして極めつけは、繰り返し聞こえてくる砲弾の咆哮。
「皆さんが……っ」
「駄目。動いたら傷が広がる」
「ですがっ……!」
無理矢理起き上がろうとする市村を雪は無理矢理押さえつけ、苦々しく表情を歪めた。
包帯の下から滲んだ赤が、じわりと広がる。
大声を上げることすら辛いはずなのに、彼は抵抗してまであの場所に行こうとする。
「結城さんだって……こんな、見るからに匿われている場所にいたいわけではないでしょうっ!」
初めてだ、市村が雪に対して脅すような態度を取るなど。
シャツの襟を掴んで顔を近づける。真っ直ぐと向けられる瞳の奥にあるのは、悔しさただ一つであった。
「……っ。私だって、行きたいよ」
外では銃声が重なり、誰かの叫びが風に流される。
雪は一瞬だけ、扉の方を見た。
あの向こうに土方がいる。仲間達がいる。命を懸けて、戦っている。
行きたいに決まっている。怖いはずなのに、この場所にいるほうがよっぽど恐ろしい。
けれど、行くわけにはいかないのだ。
本心を隠すように、力なく雪は小さく笑った。
「でも……鉄君を守らなきゃ」
そう言って、市村の肩を支える。掌に広がる生温い感触への不快感を隠すために、その笑みを市村に向けた。
「今は、それが私の役目だから」



