想いと共に花と散る

 辺りに茶葉が散らばる中、ふと敵の隊列が崩れた。
 甲板の中央を押さえていた新政府軍が後退し、旧幕府軍の兵が一気に間合いを詰める。怒号と刃音が重なり、潮風に血の匂いが混じった。

「押せ! 今だ!」

 土方の声がよく通る。
 その声に応じるように、市村が駆けた。若さゆえの勢いと、鍛え抜かれた脚力。斬り結ぶ兵を弾き飛ばし、振り返る。

「いけます!」

 その顔には、確かな手応えがあるといった様子だった。
 伊庭も口角を上げ、見るからに気分が高揚している。

「甲板はもらったな!」

 雪は息を切らしながらも、その背を追う。砲煙の向こうに、確かに道が開けつつあった。あと一押し。あと数歩。
 勝てるかもしれない。誰もが、そう思っていた。
 その時だった。
 銃声が、不意に途切れた。
 喧騒の中に、奇妙な隙間が生まれる。耳鳴りのような静けさが、ほんの一瞬だけ戦場を包んだ。
 風が止み、甲鉄の上層甲板。煙の向こうで、何かがゆっくりと向きを変えた。

「……なんでしょうか、あれは」

 時が止まったように皆の動きが止まる。聞き耳を立て、辺りに意識を向けた。
 金属が噛み合う、不穏な乾いた音が聞こえる。
 
 ―――カチ、カチ。

 雪の背筋を冷たいものが走った。嫌な予感がするのは、気のせいではない。
 何かを察知した土方の視線が跳ね上がり、怒号が空気を揺らす。

「伏せろ!」

 叫びが甲板を裂く。
 次の瞬間、空気そのものが破裂した。
 凄まじい連射音が、海と空を震わせる。単発の銃とは違う。間断なく、容赦なく、弾丸が面となって降り注ぐ。
 最前列の兵が弾かれるように後方へ吹き飛んだ。肩を、胸を、脚を撃ち抜かれ、次々に崩れ落ちる。
 甲板に薔薇の花弁の如き血が散った。
 悲鳴が、砲声に掻き消される。

「散れ! 遮蔽物へ――……」

 伊庭の声も途中で途切れた。木箱が粉砕され、破片が飛ぶ。
 その時、市村は一歩、踏み出したままだった。
 雪の視界が、妙にゆっくりになる。
 彼がこちらを振り向いた。何かを言おうとして、口が開く。
 
 ―――ダダダダダダダッ!

 これまでのものとは比にならない衝撃が襲う。

「結城さん!」

 雪は、降り注ぐ弾丸の雨から押し出すように市村に押され、後方へと力なく飛んだ。
 地に伏せ、無理矢理視線を上げた時。目の前にいた市村の身体が、大きく揺れた。
 鮮やかな浅葱色の胸元に赤が滲む。

「――……っ! 鉄君!」

 雪は反射的に駆け出していた。周囲で弾丸が甲板を穿つ音が響く。
 怖いという感情は、愚かにも遅れてやって来た。