「守れるほどこっちにゃ余裕がねぇんだ。自分の身は自分で守れ」
「っ……はい!」
ふらりと立ち上がった伊庭の背に周り、雪も辺りに視線を巡らせる。
いつの間にか、数え切れないほどの敵兵士に囲まれていた。傷だらけの伊庭と雪二人では、数的不利である。
しかし、背に隠れている雪だからこそ、伊庭がこの状況を心から楽しんでいるのだと分かった。
守れないと言っておきながら、今も雪を背に隠しているのである。
「ここには、とんだ命知らずしかいねぇみてぇだぜ!」
刀を眼前に構え、そう叫ぶと同時に伊庭は敵に向かって走り出した。
その後ろを雪は付いて行く。ただ、独りにならないために。
「愚か者め! 片腕でまともに戦えるものか!」
「ましてやそんな手負いの状態で。命知らずはどちらだ!」
彼らの言葉に苛立ちを覚えるのは、どちらかと言うと雪の方であった。
躊躇いなく敵を斬り伏せていく伊庭の後方で、雪はふつふつと怒りを燻らせる。
視界が先決で染まる中、密かに懐へと手を忍ばせた。
「おい、餓鬼! さっさと指揮官様の所へ行きやがれ! 流石に限界だ───」
叫びながら振り返った伊庭は、船上のど真ん中にいながら唖然とした。
今の今までそこにいたはずの少年が消えている。焦りにかられて周囲を見渡せば、不意をついてきた敵兵が肩を振り下ろしてきた。
斬られる、そう思った刹那。
「やああああああ!」
やけに甲高い咆哮が聞こえ、伊庭の視界を小さな桜色が遮った。
「ぎゃあああ! 目が、目がああああ!」
突如として、何処からともなくお茶っ葉の匂いが漂ってくる。
それに気づくなり、刀を振り上げていた敵兵の一人が目元を覆って地に伏せた。
ゴロゴロと暴れては、頻りに目を擦って叫んでいる。
訳が分からず呆然としていると、やけに得意げな顔をした雪が振り返った。
「て、てめぇ……」
「必殺、お茶っ葉攻撃ですっ」
へへへと笑う雪の手には、古めかしい茶筒が握られている。
なるほど。伊庭に斬りかかろうとしていた敵兵目掛けて、その中身をぶちまけたということか。
しばし口を開けて固まっていた伊庭は、ぷっと吹き出した。
「だっはは! 戦場に茶葉を持ってくる奴があるか!」
刀を握った手で腹を抱え、少しの間笑い声を上げた。
涙目になりながら雪へと歩み寄った伊庭は、その小さな方に腕を回す。
「おもしれぇ! 見直したぜ」
「あ、ありがとうございます?」
「よっし、決めた。あん指揮官様の元まで付いて来い!」
バシッと背を叩くなり伊庭は前を見据える。その先には、敵味方が入り乱れた群れがあった。



