想いと共に花と散る

 刃と刃が噛み合ったまま、互いに一歩も退かない。
 黒田の腕に力が込められる。だが、その瞳の奥に、ほんの刹那の揺らぎが走った。
 決定的な、迷い。
 それは恐れではない。あまりにも一瞬のことで、見逃してしまいそうなほど些細なものだ。

(……この男を、ここで斬る)

 胸の奥で何かが引っ掛かる。
 武人として認めた相手。本来なら、同じ旗の下に立てたかもしれぬ男。
 そんな男を相手にして、その可能性があると一瞬だけ脳裏を掠めた。
 黒田の刃が僅かに鈍る。土方はそれを見逃さなかった。

「どうした」

 低く笑い、伸し掛かっていた刃を弾き返す。

「終わらせるんじゃなかったのか」

 黒田の歯がぎりりと音を立てて軋んだ。分かりやすく焦り始めている。
 迷いを振り払うように、黒田は軍刀を構え直し強く踏み込んだ。

「……情に流されるほど甘くはなか!」

 鋭い突きが繰り出される。
 土方は身体を捻り、紙一重で躱した。頬に浅い傷が走るが、止まらない。
 踏み込み返し、黒田のがら空きとなった懐に飛び込む。
 息を殺さず、横薙ぎに刀を振るう。
 黒田の軍服が裂け、血が滲んだ。
 互いに傷は浅い。だが、確実に削り合っていた。
 甲板は血で滑り、足場は不安定である。
 銃声が遠くで鳴り、誰かの悲鳴が混じる。だが、二人の間だけは、異様な静寂に包まれていた。

「……何故だ」

 黒田の声が低く落ちる。下段に構えたまま、黒田は肩を上下させた。

「そこまでして、守るものは何じゃ」

 刀を握った手を降ろし、土方は答えない。
 沸騰したかのように湧き上がっていた血液が静まるのを感じ、ふっと小さく息を吐いた。
 そして、次に瞬間には踏み込み黒田の眼前へと迫った。
 刃が真正面からぶつかり、衝撃が腕を痺れさせる。

「時代は動いた! 貴殿が抗うほどに、血が流れるだけじゃ!」
「だからどうした」

 今更そんなことを聞かれたとて、土方に答えなど無い。
 この場に立って、刀を構え、血を流していることこそが答えであった。

「止められるなら、止めてみろ」

 次の瞬間、黒田が深く踏み込んだ。
 これまでで最も重い一撃が土方へと襲い掛かる。全身の力を乗せた、終わらせるための太刀であった。
 そう分かっていながらも、避けるようともせずに土方も同時に踏み込む。
 互いに退路はない。刃が交差する軌道は、致命の位置。

(ここで――……)

 決まる。
 そう誰もが思った、その刹那。
 土方の視界の端に、小さな桜色が揺れた。小柄な影が、敵兵に囲まれている。
 呼吸が止まった。一瞬だけ、意識が逸れる。
 黒田の瞳がそれを捉え、二人の踏み込みは完全に止まった。