想いと共に花と散る

 ぎゅっと手を握り締めると、掌に爪が食い込む。痛いはずなのに、それよりも置いていかれた事実の方が余っ程痛かった。

「雪ちゃん」

 ふいに名を呼ぶの声が聞こえて振り返る。すると、すぐ傍に何処か不安げな顔をしたつねが立っていた。
 
「私達は戻って皆の帰りを待ちましょう」
「……私、は」

 つねにも何か感じる事があるのだろう。そして、雪が迷う理由にも気付いている。
 しかし、ここで雪を見送るわけにはいかない。
 つねには、つねに託された役割があったのだ。

「これを言ってしまえば逆効果なのでしょうけど、土方さんに頼まれたのよ」
「頼まれ、た?」
「雪ちゃんのことだから、きっと付いて行きたがるって。だから、私に見張るように頼んできたのよ」
「そんなこと………なんで」

 そこまで手を回されてしまえば、追いかけたくても追いかけられないではないか。
 土方が決めたことに逆らえない性分を逆手に取られた。己の目的のためであれば、どんな手段でも使う鬼の一面が現れている。
 
「土方さんはね、雪ちゃんのことが心配なの」

 気が付けば、つねは雪の顔を覗き込むように正面に屈んだ。
 まともに成長していれば、この時代の移り変わる時間に順応できれば、つねがわざわざ屈む必要など無かったはず。
 それなのに、現実は肉体に現れているわけで。
 この時代に迷い込んでから早五年ほど。髪も爪も背も伸びず、雪の見た目は何一つとして変わってはいなかった。

「ここで誰よりもあの方と長く一緒にいるのは雪ちゃん。そして、誰よりも土方さんのことを知っているのは雪ちゃんなの。だから、分かるでしょう?」

 貴方を守るために──そう、言葉にされることはなかったが不思議と理解できた。
 肩に置かれた手が震えている。つねもつねで、自身の兄である榎本が戦場に出たことが不安でならないのだろう。

「……分かってます。でも、分かっているから………」
「行くのね」

 思わず目を見開いた。バチッと視線が合い、しばしの沈黙が続く。
 つねは、それまで見せていた優しい微笑みを崩し、普段の朗らかな様子からは想像もつかない真剣な眼差しを向けた。
 もう逃げられない、逃げてはならない。そう訴え掛けるような視線だ。

「死ぬかもしれないわよ」
「……はい」
「当たり前に目の前で人が死ぬのよ」
「…はい」
「自分が殺されるかもしれないし、自分が殺すかもしれない」
「はい」
「戦場では自分を守ることすらままならない。誰かに守ってもらえるのが奇跡になるのよ」
 
 本来であれば、つねは雪が何と言おうと引き止めなければならない。
 けれど、こうして何度も似たような問いを繰り返すのは、雪を戦場へと送り出すための理由を作るため。
 雪が自ら望んで戦場に行ったとなれば、それだけで言い訳にはなるのだ。

「それでも、行くのね」
「覚悟は、決まっています」

 覚悟なんてずっと前から決まっていた。
 死ぬ覚悟、生きる覚悟、生かす覚悟、殺す覚悟。どんな覚悟だって、ずっと昔から決まっている。

「死ぬなら、私は土方さんの隣で死にます」

 それは願いではない。選び続けてきた末の、ただ一つの結論だった。
 守られる側ではいられない。置いていかれる側でも、いたくない。
 ならば、同じ場所で終わる。それが、志命なのだ。