想いと共に花と散る

 そんな彼らの終わりのない話に、土方は黙って耳を傾けていた。
 腕を組み、誰よりも動かず、誰よりも冷えた目をしている。
 そんな目をしたまま、やがて静かに口を開いた。

「命を惜しむな、か」

 土方の呟くような低い声が部屋の中に落ちる。ただ呟いただけのはずなのに、やけに引き攣った表情をして伊庭は振り返った。
 そんな伊庭の目を見つめて土方は問う。

「奪った後はどうする気だ?」

 現在は甲鉄を奪うことについての議論が続いている。皆が目先の目標しか見えていない。
 そんな中、土方だけはその先を見据えていた。
 奪った後に何処でどのように保管するのか。誰が乗り、誰が指揮を取り、誰が岸に残るのか。
 奪うのであれば考えるべき問題は、いくらでも存在している。
 感情を乗せず淡々とした土方の静かな問いに、答えられる者は誰もいなかった。

「蝦夷へ帰還する。その間に追撃されれば?」

 あくまでも、脅しているのではなく問うているだけ。それでも土方の言葉には有無を言わせぬ凄みがあった。
 伊庭は何を言えるわけでもなく、僅かに言葉を詰まらせる。
 そんな様子を見兼ねて、大鳥がそこを拾った。

「帰路まで含めて作戦だ。奪取は目的ではなく手段でしかない」

 低く落ちる声は、感情を削ぎ落としていた。
 勝ちに行くのではない。生きて戻るための算段だと、その響きが物語っている。
 榎本は無言で頷き、海図を指でなぞる。

「高雄と蟠竜が囮だ。回天が本命。接舷は一瞬のみ。長居はしない」

 指先が宮古湾の沖を滑る。細く引かれた線の上に、既に命が載せられているかのようだった。
 その言葉に、伊庭は強く歯を食いしばる。

「ならば、その一瞬を任せてくれ」

 激情を押し殺した声で伊庭は言った。
 片袖が僅かに揺れ、彼の中では、すでに斬り込む光景が見えているようだ。
 土方は目を細め、睨め付けるでもなく伊庭を見る。

「……いいだろう」

 短い承諾だが、それは彼に信頼を置いた証でもあった。
 全員の視線が土方へと集まる。誰もが、次の言葉を待っているのだ。
 この場で決まるのは役目ではない。生き残る確率だと。

「だが暴れるだけなら意味はねぇ。奪取後、指揮が乱れりゃ終いだ」

 空気が一際重くなり、室内が静まり返る。
 灯火が揺れ、影が僅かに歪む。その沈黙が、戦の厳しさを物語っていた。

「船を任せる者を決める」

 その言葉で空気が変わった。話が大きく前進した証である。
 榎本が腕を組み、海図に落としていた視線を土方へと向けた。

「艦を預けんだ。度胸だけでは足りねぇよ」

 海を知る者の声音だった。榎本は、白兵の胆力と艦を束ねる冷静さは別物だと知っている。
 しばし沈黙が続き、誰も軽々しく名を挙げようとはしない。その名は、命と共に甲板に立つことになるのだから。
 その時、大鳥がぽつりと口にした名があった。

「甲賀源吾はどうだろう」