想いと共に花と散る

 机の上に広げられた海図の上に灯りが落ちる。
 海図の真ん中に描かれる宮古湾。その中央に停泊する敵艦、通称“甲鉄”に皆の視線が集められた。
 張り詰めた緊張感の中、榎本が静かに口を開く。

「正面からでは勝てねぇ。そうなら奇襲するしか手がねぇんだ。商船を装い接近、接舷し奪取する」

 普段の飄々とした様子は何処へやら。
 甲鉄を見立てた小石を摘み上げた榎本は、目の高さまで掲げて睨みつけた。
 そんな榎本のその言葉に、やけに張り上げた男の声が上がった。
 皆の視線は、海図を広げた机の斜め前に座る伊庭八郎という男に向かう。

「ならば、甲板を任せてはくれねぇか」

 不自然に揺れ動く羽織の片袖、そこに通されているはずの腕は無い。
 海図へ落とすその視線は、過去の戦いで地獄を見てきた者としての荒々しさがあった。

「近づきさえすれば、砲なんざ飾りだ。人を斬るのは刃だぜ」

 そういう伊庭は、それほどまでに自身があるのか不敵な笑みを浮かべる。
 片腕とは言え、かつては江戸中に名を知らしめた剣客である。剣の腕が確かなのは間違いない。
 それでも、猪突猛進な伊庭の発言に大鳥が眉を顰めた。

「伊庭君、敵は回転砲塔を備えている。接近前に撃ち抜かれれば終わりだ。勇ましさだけでは戦にならないだろう」
「ならば撃たれねぇ速さで詰めればいいだけだ!」

 ダンッと音を立てて机に手を着き、前かがみになって声を荒げる。
 容易に口を開くことを許されない張り詰めた空気が部屋の中を満たした。
 しばしの沈黙が続く。誰も口を開こうとはせず、ただ海図に視線を落とすのみ。
 立ち上がる途中で止まっていた伊庭も、再び座って黙り込む。
 長らくそんな時間が続いていた時、不意に榎本がくすりと笑った。

「いや、俺は嫌いじゃねぇ。乗り込んで白兵戦――……旧幕府軍らしいじゃねぇか」
「榎本まで……」

 一体何を言い出すのかと、大鳥が呆れたように息を吐いた。その表情は、長続きする軍議に疲弊しているようである。
 分かりやすく呆れを態度に現した大鳥だが、そんな意など返さず伊庭は止まらなかった。

「守りに入れば負ける。奪うための戦いなんだろ。命を惜しんでちゃあ甲鉄は奪えねぇ」

 その一言で、室内の温度が変わったのを誰もが感じた。
 守るのではなく、奪うために敵の前に出る。つまり、命を惜しまず強行突破をするということ。
 大鳥が深い溜息を吐いて呆れるのも無理からぬ話である。