想いと共に花と散る

 切っ先がカタカタと震えている。恐怖か、不安か。それとも、武者震いか。

「まだ、です」

 声は掠れていたが、志は折れてはいなかった。
 土方の眉が、僅かに動く。
 三度目、今度は打ち合いになった。乾いた音が広場に続く。
 一合、二合、三合。だが、四合目で激しく後方へ弾き飛ばされる。
 掌が痺れ、木刀が宙を舞った。
 反射的に拾おうとした瞬間、喉元にぴたりと木刀が突きつけられる。

「戦場で拾いに行く暇があると思うか」

 その刹那、市村は動けなかった。
 もしこれが本物の刃なら、終わっている。だが、木刀は退かない。

「立て」

 またもその一言で意識は戦場へと戻される。
 何度目かも分からない転倒。膝が擦れ、息が乱れ、腕は重い。
 それでも、市村は立った。
 打たれる。転ぶ。弾かれる。
 それでも、立つ。
 ここで立ち上がることを諦めれば、その先に待つのは死のみ。生き延びたいのであれば、何が何でも立ち上がらなければならない。
 けれど、市村の身体はすでに限界を迎えようとしている。すでに木刀を握る指先の感覚が薄れていた。
 肩が上がらない。立っているだけでもやっとな状態だ。それでも構える。

「……どうした」

 土方が低く押し殺した声で問う。
 市村は荒い息の合間に、絞り出した。

「どうも、していないです」

 引き攣る口角を無理矢理上げ、ぎこちなく笑ったその瞬間だった。
 踏み込みの速度が変わった。土方の目が、僅かに細まる。
 市村の一撃は、やはり受け流された。
 だが、今までとは違う。崩れながらも、すぐに次の構えに入る。
 倒れない。意地で踏み留まった。
 身体は限界でも、意志だけは前を向いている。
 土方の木刀が、市村の肩を強く打った。
 衝撃に膝が落ちる。だが、今度は倒れない。
 地面に片膝を着きながら、なおも顔を上げる。睨み返すその目は、最初の純粋さとは違っていた。
 恐怖を飲み込み、それでも立とうとする目。
 土方はゆっくりと木刀を下ろした。

「……合格だ」

 半ば投げやりに土方は吐き捨てる。いつの間にか、土方の肩も微かに上下していた。打ち合いによる疲労とはまた別の理由で。
 市村はその言葉の意味が理解できず、荒い息のまま顔を上げた。

「一体、何が……?」
「倒れねぇことと、生き延びることは違う」

 厳しさを宿しているようで、柔らかく諭すような口調だ。
 夜風がふわりと浅葱色の羽織を揺らす。
 その時市村の前に立っていたのは、知る人ぞ知る新撰組、鬼の副長その人であった。

「だが、お前は倒れても立った。……それで十分だ」

 その言葉に安堵した市村は、力なくその場にへたり込んだ。
 何度も容赦なく撃たれた全身が痛い。だが、胸の奥にだけ確かな熱が灯っている。
 土方は背を向けた。浅葱色を揺らし、静かに夜に溶ける。

(……あいつらも、こうして立っていたか)

 決して振り返らない。振り返れば、また過去を見ることになる。

「明日からは容赦しねぇぞ」

 その言葉に、市村は震える声で応えた。

「望むところです、副長」

 その呼び名に、土方の足が一瞬だけ止まる。だが、何も言わずに歩き出した。
 何気なく懐に忍ばせていた懐中時計を取り出す。
 コチコチと音を鳴らし規則的に針を進める時計は、訪れる未来を暗示しているようだった。