想いと共に花と散る

 箱館政権の幹部ではない。蝦夷共和国の陸軍奉行並でもない。
 今夜だけは、新撰組副長としてこの羽織を手に取る。
 変わらず新撰組隊士であり続けようとする市村へのせめてもの戒めであった。
 そんな羽織に洋装のまま袖を通し、適当に借りてきた木刀を二本握って外に出る。
 吐き出した息が白く染まる内郭では、空を見上げて落ち着かない顔をする市村が待っていた。

「待たせたな」
「あ、土方さ───」

 背を向けていた市村は、振り返るなり目を見開いて固まった。

「そ、それは……」
 
 市村が指し示す先にいるのは、もちろん土方である。ここで待っているように言った本人が追いついただけ、何らおかしなことはない。
 では何故、市村がそんなにも驚くのか。

「……副長」
「今夜は指揮官じゃねぇ……新撰組副長、土方歳三だ」

 ぞくりと市村の胸が震えた。恐怖ではない、確かな歓喜である。
 土方は握っていた片方の木刀を投げ放った。市村ははっと我に返り、慌てて飛んできた木刀に手を伸ばす。
 しっかりと市村が木刀を握ったことを確認し、土方は左手に握っていた木刀を右手に握り直した。

「いつでも来い」

 その一言を合図に、静まり返った内郭には木刀がぶつかる乾いた音が弾けた。
 初太刀は、市村からだった。
 真正面から踏み込み、迷いのない一撃。だが、次の瞬間には視界がぐらりと揺れていた。
 土方の木刀が易々とその軌道を外し、柄で市村の脇腹を払う。

「甘ぇ」

 息が詰まり、膝が折れる。
 畳ではない固い地面に手を着きながら、市村は歯を食いしばった。

「立て」

 土方は感情という色のない声を足元に蹲る市村に投げる。それ以上でも以下でもない、ただの命令。
 市村は震える足に力を込めて立ち上がり、再び木刀を構えた。
 二度目は、間合いを詰めずに様子を見る。
 土方は動かない。誘っているのだと分かっていても、攻めなければ終わらない。
 踏み込んだ瞬間、市村の視界から土方の姿が消えた。
 横。
 市村がその気配に気付いた時には、背に衝撃が走っていた。
 地面に叩き付けられ、肺の空気が強制的に吐き出される。

「遅ぇな」
「っ……!」

 淡々とした短い言葉が夜気に溶ける。
 悔しさが激しく上下する胸を焼く。
 だが、それ以上に悔しいのは、立ち上がれない自分を想像してしまうことだった。

「生きて戻ると……決めたんだ」

 誰に言うでもなく市村は呟く。あまりにも小さなその声は、目の前にいる土方にすら届かない。
 震える腕で身体を起こす。足がもつれ、視界が滲む。それでも、市村は木刀を拾った。