想いと共に花と散る

 その言葉を聞いた市村の表情が少しだけ曇る。

「結城さんは、十分役に立ってます」
「立ってなかったら、今までのことはどうなるんだろうね」

 そんなつもりはなかった、と言えば嘘ではない。
 けれど、抑えきれない感情によって強くなってしまった声は、しっかりと彼に届く。
 自分でもそんな声が出せるのかと、他人事のように驚いていた。

「でも、それって……代われないってことでしょ」
「……」
「誰かの代わりに前に出ることも、できないってことでしょ」

 市村は何も言わない。そのせいで、台所には張り詰めた沈黙が満ちる。
 台所の火が、ぱちりと弾けた。
 市村は何か言いかけて、やめる。必死で頭の中で言葉を選んでいる、というところだろう。
 雪を傷つけない言い方を探しているのだ。

「僕は」

 沈黙を打ち破ったのは、市村にしては落ち着いた静かな声。

「もし前に出ることになっても、戻ってきます」

 市村は一歩雪に近づいた。前線で戦う皆が洋服を着る中、市村だけは昔ながらの着物と袴姿のままでいる。
 まるで、彼の周りだけ時代が止まっているようで。
 根拠なんてない曖昧さでも、強い声で断言した。

「約束します」

 約束。
 戦の中で、一番脆いもの。
 今までで一体、何度守れなかった約束を見てきただろう。
 曖昧で、儚くて、脆くて、期待させるだけして、守られること無く消えていった約束を。

「……約束なんて」

 竈の内に手を着け、俯いて小さく呟く。

「戦の前じゃ、簡単に壊れるよ」

 はっとしたように、市村が目を見開いた。
 さっきまで並んでいたはずなのに、少しだけ距離ができる。

「結城さんは」

 ゆっくりと、丁寧に言葉は紡がれて。
 誘われるように振り返ってしまう。そうすれば、何処か悲しげに目を伏せる市村が見えた。

「僕が、信用できませんか」

 違う。そうじゃない。そう言いたいのに、言葉が出ない。
 怖いのは、彼を信用していないことではない。彼を失う可能性を、想像してしまった自分だ。
 思うのなら言葉にするべきなのに、何も言えない沈黙が答えのようになってしまう。
 目を逸らして口を噤む雪を見て、市村はふっと笑った。 
 齢十五の子供らしからぬ優しい笑み。けれど、少しだけ雪との間に線を引いた笑みだった。

「大丈夫ですよ」

 少し前に聞いたものと同じ言葉だ。
 けれど、もう響きが違う。この短い時間で、彼の中では何かが形を成したらしい。

「僕は、弱くありませんから。戦う覚悟だけは、誰にも負けません」

 その言葉は、前に進む人の声だった。置いていかれる側の心には、届かない声。
 五稜郭の外で、遠く砲声が響いた気がした。
 まだ小さい。けれど確実に、近づいてくる音。
 雪はその場に立ち尽くしたまま、拳を握る。
 何も失っていないのに。まだ誰も失っていないのに。胸の中では、もう何かが欠け始めていた。