集めた茶葉はもう使えそうにない。もったいないと、土方に怒られてしまうだろう。
しかし、このことも市村とだけの秘密。
互いに立てた人差し指を口元に当て、小さく笑った。
「───土方君はいるか!」
廊下から響いた声に、二人は同時に顔を上げた。
それは、大鳥の聞き慣れた声である。だが、その調子が普段と違った。
足音が荒く、速い。隠しきれない焦燥が混じっている。
「何事でしょうか」
市村が反射的に台所の入口へ向かい、雪も半歩遅れてその背に続く。
「っ! 君達、土方君を見ていないかい?」
「い、いえ……」
廊下の向こうから現れた大鳥は、肩で息をして随分と焦っている様子だ。いつもの余裕は微塵もない。
「どうした」
低く落ち着いた声が、別の方向から響いた。
焦っている様子の大鳥とは相反する、静かな足音が近づいてくる。
振り向けば、土方がいた。
「土方君」
静かに歩み寄る姿は変わらない。けれど、その目はもう状況を察している。
一瞬安堵した顔を見せた大鳥が、土方の傍に寄り何かを耳打ちした。
ほんの一瞬の沈黙の後、土方の表情が僅かに固まった。
だが、次に瞬きをした時には、いつもの副長の顔に戻っている。
「分かった」
短い返答だったが、それだけで急を要する事態であることは伺える。
踵を返す、その刹那。ふと、土方の視線が二人へ向いた。
雪と市村。茶の匂いが漂ったままの台所。まだ笑いの余韻が残る空気。
その視線は、ほんの一瞬だけ止まった。
けれど、何も言わず、何も問わずに土方は目を逸らす。
再び歩き出し、大鳥の後を追っていった。
遠ざかる足音が、やけに重く響く。
大鳥と土方が廊下の角を曲がるまで、雪は動けなかった。
胸の奥が、きゅ、と縮まる感覚が襲う。
最期の一瞬だけ向けられたあの目。優しかったのに、何処か遠くて。
「……始まるんでしょうか」
隣で、市村がぽつりと呟いた。
その声は震えていない。前を見ている声だ。
視線は、先程二人が向かって行った廊下の先に留められている。
そんな彼から目を逸らした雪は、何も答えられない。
ただ、さっきまで温かかった台所の空気が急に冷えた気がした。
しかし、このことも市村とだけの秘密。
互いに立てた人差し指を口元に当て、小さく笑った。
「───土方君はいるか!」
廊下から響いた声に、二人は同時に顔を上げた。
それは、大鳥の聞き慣れた声である。だが、その調子が普段と違った。
足音が荒く、速い。隠しきれない焦燥が混じっている。
「何事でしょうか」
市村が反射的に台所の入口へ向かい、雪も半歩遅れてその背に続く。
「っ! 君達、土方君を見ていないかい?」
「い、いえ……」
廊下の向こうから現れた大鳥は、肩で息をして随分と焦っている様子だ。いつもの余裕は微塵もない。
「どうした」
低く落ち着いた声が、別の方向から響いた。
焦っている様子の大鳥とは相反する、静かな足音が近づいてくる。
振り向けば、土方がいた。
「土方君」
静かに歩み寄る姿は変わらない。けれど、その目はもう状況を察している。
一瞬安堵した顔を見せた大鳥が、土方の傍に寄り何かを耳打ちした。
ほんの一瞬の沈黙の後、土方の表情が僅かに固まった。
だが、次に瞬きをした時には、いつもの副長の顔に戻っている。
「分かった」
短い返答だったが、それだけで急を要する事態であることは伺える。
踵を返す、その刹那。ふと、土方の視線が二人へ向いた。
雪と市村。茶の匂いが漂ったままの台所。まだ笑いの余韻が残る空気。
その視線は、ほんの一瞬だけ止まった。
けれど、何も言わず、何も問わずに土方は目を逸らす。
再び歩き出し、大鳥の後を追っていった。
遠ざかる足音が、やけに重く響く。
大鳥と土方が廊下の角を曲がるまで、雪は動けなかった。
胸の奥が、きゅ、と縮まる感覚が襲う。
最期の一瞬だけ向けられたあの目。優しかったのに、何処か遠くて。
「……始まるんでしょうか」
隣で、市村がぽつりと呟いた。
その声は震えていない。前を見ている声だ。
視線は、先程二人が向かって行った廊下の先に留められている。
そんな彼から目を逸らした雪は、何も答えられない。
ただ、さっきまで温かかった台所の空気が急に冷えた気がした。



