想いと共に花と散る

 勘違いでも、比喩でも、夢物語でもなんでもない。
 その時、確かに宝石が舞った。空に宝石が広がったのだ。

「歳三さん!」

 雪は振り返ってその名を呼ぶ。
 もう、許可なんて必要ない。自分の意志で、呼びたいから呼ぶのだ。
 海水で濡れた手を放り出し、ただ無邪気な笑顔を砂浜の真ん中に立ち尽くす土方に向けた。

「綺麗でしょ!」

 ただの主と小姓という主従関係でしかなかったはずなのに。
 浪士に絡まれているところを助けてやったのに、“楽になりたい”なんてほざくから気に入らなかっただけのはずなのに。
 すぐに嫌気が差して逃げ出すと思っていたのに。
 
 あの時に出会った少女は、どんな宝石よりも輝かしい笑顔を浮かべて目の前にいた。

「……ああ、綺麗だな」

 太陽の光を反射して散らばる海水が。
 夕焼け空を反射して焼ける海が。
 ひらひらと舞い始めた雪が。
 目を瞑りたくなるほどの強い輝きを放っていて。
 雪の中、折れずに立つ一輪の花が確かにあった。

「泣きそうなくらい……綺麗だよ」

 これだけ離れていても、その言葉はちゃんと届く。
 雪は満開に咲き誇る花のように、穢れを知らない純粋無垢な笑顔で笑った。

「それじゃあ、もう一回!」

 また同じ手順を繰り返す。器の形をした両手を海の中に浸け、海水を集めて立ち上がり、空に向かって解き放つ。
 何度も、何度も、何度も。
 凍てつく寒空の下に宝石が散らばった。

「うはぁ、流石に何回もやると痛いな」

 ふるふると濡れた手を振るって海水を飛ばし、冷え切った手を握り締めた。
 赤く染まった掌に息を吹き掛けていると、不意に視界が陰った。

「それ以上やったら風邪引く」
「えへへ……そーですね」
「……良かったよ」
「んー?」

 握り締めていた両手を片手で包みこんだかと思えば、ぐいっと乱暴に引き寄せられた。
 必然的に視線が上がり、ぱっちりと目が合う。

「……うぁ………」
「は?」

 何がどうなったのか分からないが、彼の顔を見るなり頬が火照ってしまって。
 そんな茹でダコのように染まる顔を彼に見られてしまって。
 嘘でも真でも、その想いに気づくしかなかった。

「ははっ、何照れてやがる」
「て、照れてないですっ! いきなり近づいたからっ」
「何が」
「えぇ?」
「何が近づいて、照れたって?」
 
 鬼だ。やっぱり鬼だ。

「……聞かないで、ください………」

 まだ正直にはなれないらしい。揶揄われて、弄ばれて。
 でも、それが不思議と心地よい。

「んだよ、残念だな。……ただ、まあ」

 いつだって見てくれていた。その慈しむような、愛おしさを一心に込めた優しい目で。

「お前と見れて良かった」

 その笑顔は、到底鬼の副長と呼ばれていた男が浮かべるものとは思えなくて。
 けれど、不思議とよく似合っていて。
 目を逸らしたくても逸らせず、痛いほどに雪の目には焼き付いた。