雲に半ば隠れた月が、星形の郭を鈍く照らしている。
闇の中に浮かび上がる五つの稜角は、まるで巨大な獣の爪のようだった。
吐く息が白く滲む。湿った蝦夷の空気が肺に重い。
本州の冬とは違う。刺すような冷えではなく、じわりと骨に入り込む冷たさだ。
五稜郭。
異国式の稜堡。星形に張り出した土塁。外濠。中央に構える奉行所。
守るための形。だが今夜は、奪うためにある。
ここを押さえるため、兵を集めて立っているのだ。
「配置につけ」
低く、無駄のない命令が闇に溶ける。
歩兵隊が三手に分かれ、草を踏む音すら抑えた足運びで進んでいく。
銃は抱え、足並みは揃えず、それでも乱れない。
第一陣が正門側へ回る。
第二陣が裏手へ。
第三陣は距離を保ち、万一に備えて待機。
銃口は下げたまま。発砲は最後の手段である。
無用な流血は避ける。ここで消耗するわけにはいかない。
土方は第二陣の先頭に立つ。
闇の中、兵の息遣いだけがある。誰一人として声を漏らさない。
(……無駄に死なせるな)
胸の奥で何度もそう繰り返し、土方は前を向いた。
忘れたわけではあるまい。これまでに失ってきた顔の全てを。
京で何人失った。鳥羽伏見で何人失った。会津で、宇都宮で、どれだけ削られた。
これ以上、命を分け合った仲間を減らすような真似はできない。
新撰組の副長から旧幕府軍の陸軍指揮官になったとしても、仲間を抱える責任は変わらないのだ。
内応の刻限は、門番交代の僅かな隙。松明の火が一瞬、揺れた。
合図だ。
「今だ」
囁くように声を吐き出す。その声と同時に、土方は駆けた。
草履が地を打つ。外濠沿いの土が崩れ、足が沈む。門番が気配に振り返る。
「何者――……」
目の前にいた門番の言葉は、最後まで出なかった。
銃口を突き付け、押し倒し、声を上げる隙を与えない。
荒い呼吸が事切れる前に短い格闘が終わり、そして静寂が辺りを包む。
裏門が、軋む音と共に開いた。
その先に舞っている第二陣が雪崩れ込む。
正門側でざわめきが起こった。第一陣の陽動だ。
────パアンッ!
辺りに響いた銃声はその一発のみ。発泡するのはそれだけで済んだ。
夜の空気を裂く乾いた音が、すぐに吸い込まれる。
混乱は短い。予想以上に、敵の抵抗は薄かった。
新政府軍は、既に海岸線の防備に重きを置いている。そのため、ここは“空白”だった。
だが、その空白が油断をする理由にはならない。
土方はくるりと背後を振り返り、駆け出すと真っ直ぐに奉行所へと向かう。
廊下を駆け抜ける足音が反響した。板が軋み、襖が揺れる。
腰に提げている愛刀を抜いた。
抵抗する兵が二名。二十代前後の若い男が立ち塞がるように立っている。
「ここは通さん!」
「ああ、そうか。なら無理矢理通るだけだな」
刀を構えれば、土方の目にも二人の兵士の目にも覚悟が滲む。しかし、そこに躊躇はない。
踏み込み、刀を横一線に振るって同時に二つの胴を斬る。
「があっ────!?」
「うぐ───……」
真っ二つに割れた胴が斬撃の勢いに耐えきれず倒れ、溢れ出した血が畳を汚した。
鉄の匂いが鼻を刺し、土方は一瞬顔を歪める。
「制圧完了!」
二人の兵士が事切れたのを確認すると同時に、背後から終わりを告げる声が上がった。
闇の中に浮かび上がる五つの稜角は、まるで巨大な獣の爪のようだった。
吐く息が白く滲む。湿った蝦夷の空気が肺に重い。
本州の冬とは違う。刺すような冷えではなく、じわりと骨に入り込む冷たさだ。
五稜郭。
異国式の稜堡。星形に張り出した土塁。外濠。中央に構える奉行所。
守るための形。だが今夜は、奪うためにある。
ここを押さえるため、兵を集めて立っているのだ。
「配置につけ」
低く、無駄のない命令が闇に溶ける。
歩兵隊が三手に分かれ、草を踏む音すら抑えた足運びで進んでいく。
銃は抱え、足並みは揃えず、それでも乱れない。
第一陣が正門側へ回る。
第二陣が裏手へ。
第三陣は距離を保ち、万一に備えて待機。
銃口は下げたまま。発砲は最後の手段である。
無用な流血は避ける。ここで消耗するわけにはいかない。
土方は第二陣の先頭に立つ。
闇の中、兵の息遣いだけがある。誰一人として声を漏らさない。
(……無駄に死なせるな)
胸の奥で何度もそう繰り返し、土方は前を向いた。
忘れたわけではあるまい。これまでに失ってきた顔の全てを。
京で何人失った。鳥羽伏見で何人失った。会津で、宇都宮で、どれだけ削られた。
これ以上、命を分け合った仲間を減らすような真似はできない。
新撰組の副長から旧幕府軍の陸軍指揮官になったとしても、仲間を抱える責任は変わらないのだ。
内応の刻限は、門番交代の僅かな隙。松明の火が一瞬、揺れた。
合図だ。
「今だ」
囁くように声を吐き出す。その声と同時に、土方は駆けた。
草履が地を打つ。外濠沿いの土が崩れ、足が沈む。門番が気配に振り返る。
「何者――……」
目の前にいた門番の言葉は、最後まで出なかった。
銃口を突き付け、押し倒し、声を上げる隙を与えない。
荒い呼吸が事切れる前に短い格闘が終わり、そして静寂が辺りを包む。
裏門が、軋む音と共に開いた。
その先に舞っている第二陣が雪崩れ込む。
正門側でざわめきが起こった。第一陣の陽動だ。
────パアンッ!
辺りに響いた銃声はその一発のみ。発泡するのはそれだけで済んだ。
夜の空気を裂く乾いた音が、すぐに吸い込まれる。
混乱は短い。予想以上に、敵の抵抗は薄かった。
新政府軍は、既に海岸線の防備に重きを置いている。そのため、ここは“空白”だった。
だが、その空白が油断をする理由にはならない。
土方はくるりと背後を振り返り、駆け出すと真っ直ぐに奉行所へと向かう。
廊下を駆け抜ける足音が反響した。板が軋み、襖が揺れる。
腰に提げている愛刀を抜いた。
抵抗する兵が二名。二十代前後の若い男が立ち塞がるように立っている。
「ここは通さん!」
「ああ、そうか。なら無理矢理通るだけだな」
刀を構えれば、土方の目にも二人の兵士の目にも覚悟が滲む。しかし、そこに躊躇はない。
踏み込み、刀を横一線に振るって同時に二つの胴を斬る。
「があっ────!?」
「うぐ───……」
真っ二つに割れた胴が斬撃の勢いに耐えきれず倒れ、溢れ出した血が畳を汚した。
鉄の匂いが鼻を刺し、土方は一瞬顔を歪める。
「制圧完了!」
二人の兵士が事切れたのを確認すると同時に、背後から終わりを告げる声が上がった。



