「雪ちゃん、いつもの首巻きとバンダナはどうしたの?」
取っ組みの喧嘩をしかけていた大鳥と榎本の視線が、同時に雪へと向けられた。
つねは真っ直ぐと雪の顔を見つめて首を傾げている。
雪はゆっくりと顔から手を離し、つねに汗と焦りでぐちゃぐちゃになった顔を向けた。
「朝、起きたら……無くなっていて………」
「無くなっていた? 何処に置いたのか覚えていないのかい?」
「何処にも置いていないんです。絶対に失くしたくないから、ずっと巻いていたのにっ!」
空気すら張り裂けるような雪の叫び声が廊下に響いた、その時だった。
ふと、榎本の視界の端で何かが揺れた。
橙色。朝の薄明かりには不自然な色が見えた気がした。
「……ん?」
思わず、廊下の突き当たりの窓へと目を向ける。
外はまだ白み始めたばかりの刻、庭は青灰色に沈んでいる。その一角だけが、ゆらゆらと淡く揺れていた。
「あ、おい!」
胸倉を掴んでいた大鳥の手を振り払い、誘われるように窓の前に立つ。
窓の外に見えたのは、何重にも重ねられた枝を燃やす火だ。
小さな火が庭の端で焚べられている。
「おい……」
低く零れた声に、大鳥が眉を寄せた。
「どうした」
「外で……誰かが、火ぃ焚いてやがる」
窓の外を見たまま発された榎本の言葉に、大鳥は怪訝な表情を浮かべた。
この時間に? 巡回はまだのはずだろう? そんな言葉が大鳥の口から溢れ出した。
しかし、榎本は窓の外から視線を外さない。
焚べられた火よりも向こう、庭の端に目を向ける。
人影が一つ、静かに佇んでいるのが見えた。
長い髪。鮮やかな着物の裾。炎に照らされ、横顔が赤く染まる。
「鷹宮さんとこの琴嬢か?」
榎本の呟きに、雪の身体がびくりと跳ねた。
「……え?」
心臓が嫌な音を立てた。どくん、どくんと不規則に脈打ち始める。
ゆっくりと雪も窓へと視線を向けた。
榎本が身をずらしたことで、窓の外の光景が真っ直ぐ雪の目に飛び込んでくる。
炎が不気味に揺れていた。
「何、してるの……?」
そんな焚き火の前に立つ、すらりと細長い人影。その人影が、振り返った。
目が合う。その瞬間、ぞわっと雪の背中を冷たいものが走った。
「……っ!」
「雪ちゃん!?」
“それ”を見た瞬間、雪は走り出していた。



