人垣の向こうで、役人が合図を送る。
辺りの空気が一段と張り詰めた。ざわめきが、すっと引いていく。
その瞬間、近藤がほんの僅かに顔を上げた。
視線が揺れお動き、目が合う。確かに、視線が交わり合った。
大勢の人間がいる中で、間違えようがなかった。
雪を見ている。雪だけを、見ている。
「……っ」
声が出ない。名前を呼ぼうとして、息だけが喉で詰まった。
近藤が向ける瞳は、驚くほど穏やかで。その瞳には、恐怖も、後悔も、焦りもない。
そして、ほんの一瞬だけ口角が上がったように見えた。
近藤が浮かべたのは、これから処刑される者とは思えないほど穏やかな微笑みだった。
あまりにも小さくて、それでいて優しくて。
いつものように「大丈夫だ」と言う時の、あの笑い方。
―――……生きろ。
言葉はなかった。けれど、確かにそう言われた気がした。
「やめて……」
誰に向けた声かも分からない。
祈りのように零れ落ちたその瞬間、役人の声が響いた。
重たい音。空を切る、鈍い風の音。
雪は、瞬きができなかった。
目を逸らしたら、全てが終わってしまう気がして。
次の瞬間、どさり、と何かが落ちる音がした。
人々の息が、一斉に漏れる。
それで、終わりだった。近藤勇は、もう動かない。
先程までそこにあった微笑みも、こちらを見ていた瞳も、もう何処にも存在しない。
「……お父、さん……?」
声は震えもしなかった。涙も、出なかった。
ただ、世界が音を失ったように静かで。
朝の空だけが、何事もなかったかのように青かった。
最期に見せたあの微笑みが、雪の胸に深く深く刻み込まれる。
その時、雪の視界に影が差した。
そして、遅れて気づく。隣に立った土方が、静かに一歩近づいていた。
何も言わない。
怒鳴りもしない。
引きずってもいない。
ただ、そっと大きな手が雪の目元に重なった。
「……もういい」
低く、震えも怒気もない声だった。命令でも、慰めでもない。
終わりだ、と告げる声。
覆われた掌は、思っていたより温かくて。指先が、僅かに震えているのが分かった。
土方も、見ていたのだ。目を逸らさず、最期の瞬間まで。
だからこそ、雪には見せなかった。
これ以上、刻まれなくていい。
これ以上、失わなくていい。
そう言われている気がした。
「……っ」
声を出そうとした瞬間、喉が詰まる。呼吸が乱れかけて、胸が上下する。
その拍子に、土方の手がほんの少し強くなった。
「見るな」
頭の上から落ちてきたのは、そんな短い言葉だった。
優しくもなく、冷たくもなく。それでも、確かに守るための声だった。
遠くで、人々のざわめきが戻ってくる。
役人の声、足音、布が擦れる音。
近藤勇の“その後”が、淡々と処理されていく音。雪の世界には、それが届かない。
目を覆われたまま、ただ、土方の体温だけが現実だった。
「……生きろなんざ………つくづく無責任なこった」
ぽつりと零れた声は、独り言に近かった。
雪に向けた言葉なのか、それとも、自分自身に向けたものなのか。
分からないまま、土方は雪の肩を引き寄せる。
額が、彼の胸元に当たった。それでも、まだ涙は出ない。
泣くには、あまりにも世界が壊れすぎていた。
ただ、覆われた視界の向こうで最後に見たあの微笑みだけが、消えずに残っていた。
辺りの空気が一段と張り詰めた。ざわめきが、すっと引いていく。
その瞬間、近藤がほんの僅かに顔を上げた。
視線が揺れお動き、目が合う。確かに、視線が交わり合った。
大勢の人間がいる中で、間違えようがなかった。
雪を見ている。雪だけを、見ている。
「……っ」
声が出ない。名前を呼ぼうとして、息だけが喉で詰まった。
近藤が向ける瞳は、驚くほど穏やかで。その瞳には、恐怖も、後悔も、焦りもない。
そして、ほんの一瞬だけ口角が上がったように見えた。
近藤が浮かべたのは、これから処刑される者とは思えないほど穏やかな微笑みだった。
あまりにも小さくて、それでいて優しくて。
いつものように「大丈夫だ」と言う時の、あの笑い方。
―――……生きろ。
言葉はなかった。けれど、確かにそう言われた気がした。
「やめて……」
誰に向けた声かも分からない。
祈りのように零れ落ちたその瞬間、役人の声が響いた。
重たい音。空を切る、鈍い風の音。
雪は、瞬きができなかった。
目を逸らしたら、全てが終わってしまう気がして。
次の瞬間、どさり、と何かが落ちる音がした。
人々の息が、一斉に漏れる。
それで、終わりだった。近藤勇は、もう動かない。
先程までそこにあった微笑みも、こちらを見ていた瞳も、もう何処にも存在しない。
「……お父、さん……?」
声は震えもしなかった。涙も、出なかった。
ただ、世界が音を失ったように静かで。
朝の空だけが、何事もなかったかのように青かった。
最期に見せたあの微笑みが、雪の胸に深く深く刻み込まれる。
その時、雪の視界に影が差した。
そして、遅れて気づく。隣に立った土方が、静かに一歩近づいていた。
何も言わない。
怒鳴りもしない。
引きずってもいない。
ただ、そっと大きな手が雪の目元に重なった。
「……もういい」
低く、震えも怒気もない声だった。命令でも、慰めでもない。
終わりだ、と告げる声。
覆われた掌は、思っていたより温かくて。指先が、僅かに震えているのが分かった。
土方も、見ていたのだ。目を逸らさず、最期の瞬間まで。
だからこそ、雪には見せなかった。
これ以上、刻まれなくていい。
これ以上、失わなくていい。
そう言われている気がした。
「……っ」
声を出そうとした瞬間、喉が詰まる。呼吸が乱れかけて、胸が上下する。
その拍子に、土方の手がほんの少し強くなった。
「見るな」
頭の上から落ちてきたのは、そんな短い言葉だった。
優しくもなく、冷たくもなく。それでも、確かに守るための声だった。
遠くで、人々のざわめきが戻ってくる。
役人の声、足音、布が擦れる音。
近藤勇の“その後”が、淡々と処理されていく音。雪の世界には、それが届かない。
目を覆われたまま、ただ、土方の体温だけが現実だった。
「……生きろなんざ………つくづく無責任なこった」
ぽつりと零れた声は、独り言に近かった。
雪に向けた言葉なのか、それとも、自分自身に向けたものなのか。
分からないまま、土方は雪の肩を引き寄せる。
額が、彼の胸元に当たった。それでも、まだ涙は出ない。
泣くには、あまりにも世界が壊れすぎていた。
ただ、覆われた視界の向こうで最後に見たあの微笑みだけが、消えずに残っていた。



