未完成のワンフレーズ




しばらく私の様子を見たあと、少しだけ真面目な顔をする。




「一つ、可能性の話をしていいか?」

「可能性?」

「ああ。あくまで可能性だ。俺がここで診断するわけじゃない」

「うん」

「紗綾、お前……小さい頃に脳炎になったことがあるんだよな」

「……うん。そうだったはず」

「だったら、その脳炎をきっかけに、特定の分野に突出した能力が現れた可能性もある」

「……突出した能力?」

「いわゆる、サヴァン症候群って呼ばれるものがある」



サヴァン、症候群。

初めて聞く言葉だった。



「サヴァン……?」

「簡単に言えば、いくつかのことは苦手でも、特定の分野だけ突出した能力を示すことがあるんだ」

「それが……私のギター?」

「音楽が、その一つだった可能性はある」



私は思わず自分の手を見つめた。


そういえば、李仁に一度聞かせてもらっただけのフレーズを、私はほとんど覚えていた。

コードだって、最初は苦戦したのに、一度コツを掴んでしまえば指が勝手に動く。



タケちゃんは困惑する私を見て、ゆっくりと言葉を続けた。



「ただ、脳炎があったから必ずそうなるってわけじゃない。サヴァン症候群についても、まだ分かっていないことは多い」

「そっか……」

「だから、『紗綾はサヴァン症候群だ』なんて今ここで決めつけることはできない」

「うん」

「でも、お前が本当に二週間前までギターを触ったことがないなら、一度きちんと調べてみてもいいと思う」



私は黙ってギターを見つめた。



才能。

今まで、自分には一番遠い言葉だと思っていた。



だけど、もし本当に私の中に、そんなものがあるのなら。

それは――いつからあったんだろう。




「……タケちゃん」

「ん?」

「私、小さい頃って……何してたのかな。脳炎になる前とか、なった後とか」




タケちゃんの表情が、ほんの少し曇る。




「それは俺からは何とも言えない」

「そっか」

「気になるなら、旭に聞いてみたらいい」

「四宮せんせーに?」

「ああ。お前の担当だろ」

「……聞いてみようかな」




そう呟いて、私はもう一度ギターを抱え直した。