未完成のワンフレーズ




その中から、一人の老婆がゆっくりとこちらへ歩いてくる。




「お嬢ちゃん」

「はい?」

「ギター、とっても上手ねぇ」

「えっ」




思わずギターを見て、もう一度老婆の顔を見上げた。




「そうですか?」

「ええ。音も綺麗だし、楽しそうに弾いてるもの」

「……へへ」




褒めてくれる人なんて、今まで四宮センセーくらいしかいなかったから、なんだか照れくさい。




「いつからギターを始めたの?」

「えっと……二週間くらい前です」

「まあ!」




老婆は目を丸くして、パンッと胸の前で手を叩いた。




「二週間でそんなに弾けるなんて、すごいわねぇ」

「そう……なのかな」

「才能があるのね」

「……才能?」




その言葉が、妙に何かに引っ掛かる。



才能。



私はギターを始めたのが二週間前。

なのに、どうしてこんなに弾けるんだろう。



Fコードだって、最初は全然鳴らなかった。

なのに今は、指が勝手に動く。



それが才能なら⋯⋯。



才能、才能、才能。



誰かが、昔その言葉を使って褒めてくれたことが⋯あったっけ。





「……おかあさん」




口から、知らない言葉が零れた。




「紗綾?」




隣にいた李仁が、こちらを覗き込む。





「……え?」

「どうした?」




今、何を思い出しかけた?




白い天井。

小さな手。

誰かを呼んでいる自分。

でも、その先が思い出せない。





「……なんでもない」




私は笑った。いつも通り、脳天気なヘラヘラとした顔を李仁に向けた。




「ちょっと、昔のこと思い出しただけ」

「昔?」

「うん」




そう答えたものの――私には、幼い頃の記憶がほとんどない。



病院に二年間入院していることは知っている。

自分が病気を抱えていることも知っている。



でも、その前のことを考えると、頭の中に霧がかかったようになる。



どうして私は、こんなに音を覚えているんだろう。

どうして、聞いたことのないはずの曲を知っている気がするんだろう。



そして――どうして、「才能」という言葉が、こんなにも怖く聞こえるんだろう。