「弟のことか」
「……そう」
四宮先生は何も言わず、カルテに視線を落とした。
「それで?」
「その後が、ちょっと曖昧」
「どのくらい?」
「……帰ってきたところは覚えてる。でも、途中のことが抜けてる」
「李仁と何を話したかは?」
「覚えてるよ」
「全部?」
「……たぶん」
四宮先生は、少しだけ眉を寄せた。
また曖昧な返事をした私のことを怒ってるのかな。
「紗綾ちゃん」
「何?」
「記憶が抜けることについて、怖いと思ったことはある?」
「別に」
「どうして?」
「だって、覚えてないなら困らないじゃん!」
忘れてしまったことすら忘れてしまうんだ。
そんな形のないものを恐れてどうする。
そこまで怯えていたら、ただでさえ豆腐の私のメンタルはズタズタになっちゃうよ。
「それに、忘れてることなんて今までもあったし」
「そうか」
四宮せんせーはそれ以上追及しない。ただ、少し間を置いてから口を開いた。
「じゃあ、質問を変えよう」
「うん」
「最近、自分が自分じゃないように感じることは?」
「……ある」
自分が自分じゃなくなる。
それがどういう状態を指すのか、分からないわけじゃない。



