ありがとう。大嫌い。




少年が怪訝そうに眉を寄せた。




「ギターは下手だけど、歌も下手とは限らないじゃん」

「お前、本当に失礼だな」

「だって気になるんだもん」

「……変な奴」




そう言いながらも、少年はギターをしまうのをやめた。



弦に指を置く。



さっきまでの不協和音とは違う、少しだけ静かな音が歩道橋に響いた。



そして――。

少年が歌い始めた。



「…………」



思わず、息を止めた。


上手い。



さっきまで散々馬鹿にしていたギターとは全然違う。


少し掠れた声なのに、不思議と耳に残る。


夜の冷たい空気に溶けていくような歌声だった。




私は、ただ黙って聞いていた。



病院では、夜になるといつも胸が苦しくなる。



理由なんて分からない。



ただ、そこにいることが嫌になって。


誰にも見つからない場所へ行きたくなって。


気づけば、足が勝手に動いている。




なのに今は――。

不思議なくらい、何も考えなかった。

ただ、この歌を聞いていたかった。




「……どう?」




歌い終わった少年が、こちらを見る。




「……」

「おい」

「……上手い」

「ギターは?」

「下手」

「お前なぁ……!」




少年が心底嫌そうな顔をする。


それがおかしくて、私は初めて声を出して笑った。




こんな風に笑ったのは、いつぶりだろう。


少年は少し驚いたように私を見つめてから、ふっと目を細めた。




「……変な奴」

「そっちこそ」



名前も知らない。


何処に住んでいるのかも知らない。


明日また会えるかどうかすら分からない。




それなのに。

この夜の歌だけは、何故かずっと忘れない気がした。