「なあ、柚葉ちゃんは、なんで無理して食べようとするん?」
不意に落とされた秋月の問いかけに、柚葉はドクリと心臓を跳ね上がらせた。
完全に図星だった。これまで誰にも気づかれず、いとこの寛太でさえ「大食いの食いしん坊」としか思っていなかった自分の本質を、先輩の切れ長な瞳は静かに見抜いていた。
「え……?」
触れられる背中から、すうっと血の気が引いていくような感覚に陥る。
柚葉は視線を地面へと落とし、ぐっと押し黙った。
「ずっと、君は無理して笑って食べているように見えとったけど」
「それ、は……」
「教えてくれん? 俺は、柚葉ちゃんのことをもっと知りたいし、もっと楽しそうに笑ってほしい」
背中から手を離し、真っ直ぐと柚葉の目を見つめる秋月の目に迷いはない。
そんな瞳に見つめられ、柚葉は消え入りそうな声で、ずっと胸の奥底に隠してきた『もう一つの秘密』をぽつりぽつりと話し始めた。
「……私、小さい頃すごく身体が弱くて、ご飯があまり食べられなかったんです。すぐに熱を出して寝込んじゃって、でも、食べないと治るものも治らないからって、周りからずっと言われていて」
頭に浮かぶのは、泣きそうな顔でスプーンを口元に運んでくる母親の姿と、喉を通らない食事の苦しさ。
「本当は一口も飲み込みたくないのに、治すために、生きるために、無理やり詰め込まれる毎日でした。……だからいつの間にか、私にとって『食べること』は義務で、大嫌いなものになっちゃったんです」
ブランコの鎖を握る柚葉の手が、小さく震える。
「けど、身体が少しずつ丈夫になって、頑張って無理して食べるようにしていくうちに……今度は逆に、食事に依存するようになっちゃいました」
「依存……」
「はい。食べないとまたあの頃みたいに動けなくなるんじゃないかって怖くて、気がついたら人よりたくさん食べるようになっていて。……もちろん、お母さんが作る料理は美味しいし、結菜達と食べるお弁当もすごく楽しいです。でも、いつも心の中の何処かに、ぽっかりと冷たい物足りなさがあって」
どれだけ胃袋に食べ物を詰め込んでも、その『物足りなさ』という心の穴は埋まらなかった。
だから、あらゆる美味しいものに縋り付き、依存することで、柚葉は無意識に自分を守っていたのだ。
「私の『美味しい』は、先輩みたいに綺麗で温かいものじゃないんです。ただの恐怖の裏返しで……だから、先輩に『世界一美味しそうに食べる』って言われるたび、本当はすごく後ろめたかったんです。ごめんなさい……っ」
ついに涙がポロポロと溢れ、柚葉の膝を濡らす。
秋月の重い過去を受け止めた直後だからこそ、自分の歪んだ食への執着がひどく醜いものに思えて仕方がなかった。
しかし、秋月は驚くほど静かに、そしてあの日アジフライを一緒に揚げた時と同じ、迷いのない確かな動作で柚葉の肩をもう一度抱き寄せた。
「……謝らんでいいよ、柚葉ちゃん」
耳元に届いた声は、驚くほど優しく、何処か深く共鳴していた。
先程とは違う、堪えきれずにしたものではなく、そうしたかったから抱き締められている。
「生きるために無理して食べ続けた柚葉ちゃんと、生きるために必死で作り続けた俺。……ほら、一緒やろ?」
「先輩……?」
「心がぽっかり空いとったのも同じ。俺も、自分で作ったものをどれだけ食べても満たされんかった。でもね、あの日柚葉ちゃんが俺の料理を食べて『美味しい』って笑ってくれた時、俺の心の穴は完全に埋まったとよ」
秋月は柚葉の涙を親指でそっと拭うと、その濡れた瞳を真っ直ぐに見つめた。
「柚葉ちゃんの『美味しい』の始まりがどんなに苦しくても、関係なか。俺がこれから作る料理で、その物足りなさを全部、本当の幸せで上書きしてあげるけん。依存先なら、食べ物じゃなくて……俺にすればいい」
夕闇の公園で、お互いの隠された傷跡が重なり合う。
寂しさを抱えて生きてきた二人の心が、美味しい料理の記憶と共に、今度こそ本当の意味で一つに溶け合っていくようだった。



