「……ううん」
柚葉はゆっくりと首を振った。今も落とされたままの秋月の視線を掬い上げるように、真っ直ぐと見つめる。
「重くなんてないです。話してくれて、ありがとうございます……!」
じわりと熱くなる視界の奥で、柚葉は秋月の顔を真っ直ぐに見つめた。
だからなんだ。だから先輩の作る料理は、あんなに温かくて、食べた人を体の芯から幸せにするんだ。
お腹を満たすためだけの『食料』じゃなくて、誰かの心を救うための『料理』を、先輩はあんなに小さな頃からずっと、一人で必死に作ってきたのだ。
「私、先輩の料理に出会えて、本当に良かったです。……初めて会った時のオムレツも、肉じゃがも、あのアジフライも。先輩がこれまでたくさん頑張って、優しさを詰め込んできてくれたから、私はこんなに幸せになれたんだって、今やっと分かりました」
柚葉の飾らない、けれど芯のある言葉が、静かな公園の空気に染み渡っていく。
秋月は言葉を失ったように目を見開いた。過去を話せば、大抵の人間は同情するか、掛ける言葉を選んで気まずそうな顔をする。
けれど柚葉は違った。彼の生きてきた軌跡そのものを、両手で包み込むように全肯定してくれたのだ。
「柚葉ちゃん、あんたは本当に……」
秋月は視線をふっと揺らすと、耐えかねたように柵から離れて柚葉の小さな身体をその胸の中へと優しく抱きすくめた。
「――っ!」
突然の抱擁に、柚葉の心臓がトクンと跳ねてフリーズする。
耳元で、秋月の少し低めの、切ないほど愛おしげな博多弁が優しく 囁かれた。
「ずるいって、何回言わせたら気が済むと。……そんな風に言われたら、もう一生離したくなくなるくさ」
「せ、先輩……」
「施設におった頃も、こっちに転校してきたばかりの頃も、ずっと一人で平気なフリしとった。でもね……今はもう、あんたがおらんと駄目になりそう」
背中に回された秋月の腕に、ぎゅっと強烈な力が籠もる。
完璧超人なんかじゃない、弱さも独占欲も全部剥き出しにした、一人の男の子の鼓動が、柚葉の胸にダイレクトに伝わってきた。
柚葉は恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだったけれど、それ以上に、先輩の孤独だった過去を自分が全部これからの『美味しい時間』で上書きしてあげたいと、強く思った。



