恋も料理もじっくり弱火で

 老舗のオムライスを綺麗に平らげた後も、二人の『美味しい勉強会』は終わらなかった。

「次はね、ここの近くにあるショッピングモールに、すごく面白いクレープ屋さんがあるんだよ」

 お店を出て駅前を歩きながら、秋月が少し弾んだ声で言う。

「クレープですか!?  行きます、絶対行きます!」

 オムライスを食べたばかりだというのに、柚葉の『別腹センサー』は早くもフル回転していた。
 日曜日で賑わうショッピングモールの一階。お目当てのクレープ屋さんの前には、甘いクッキーのような香ばしい匂いが立ち込めていた。

「ここのクレープ、生地にエディブルフラワー(食用花)と特製のハニーホイップが使われていて、見た目も味もすごく華やかなんだ」

 メニュー表を見つめる秋月の横顔は、すっかり真剣な料理人のそれに戻っている。……と思いきや、注文の順番が回ってきた時、先輩が少しだけ照れくさそうに店員さんに告げた。

「あの……『幸せのいちごブーケ』を、一つ」
「えっ、先輩、一つですか?」

 柚葉がきょとんとして見上げると、秋月は少し視線を泳がせながら、小さな声の博多弁で言った。

「……一個が結構大きかけん、半分こせんと、柚葉ちゃんでも他のスイーツ食べられんくなるやろ?」
「あ……」

 半分こ。それはつまり、あの日スーパーの帰りに半分こした塩バターロールのような、あるいはそれ以上の距離感ということで。
 自覚したばかりの恋心が、柚葉の胸の奥でトクンと跳ねた。

「はい、お待たせしました! 『幸せのいちごブーケ』でーす」

 手渡されたクレープは、まるで本物の花束のように美しかった。苺が薔薇の花びらのように綺麗に並べられ、小さな可愛いお花が散りばめられている。

「わぁ……本当にブーケみたい!  可愛い!」
「ほら、ベンチ座って食べよう。……はい、柚葉ちゃんから先にどうぞ」

 モール内のテラスベンチに並んで座り、柚葉は差し出されたクレープを大きく一口頬張った。
 サクッ、もちっ。
 こだわりの生地の絶妙な食感の後、苺の甘酸っぱさとハニーホイップの上品な甘さが口いっぱいに広がる。

「んんんーーっ!!」
 
 柚葉は両手を頬に当てて、今日一番の笑顔を咲かせた。

「甘い! 美味しい!  すっごく優しい甘さで、なんだか食べると本当に幸せな気持ちになります!」
「……そう?  よかった」

 秋月は嬉しそうに目を細めると、自然な動作でクレープを受け取り、柚葉が食べたすぐ隣のところをぱくりと口に含んだ。

「なるほどね……蜂蜜のコクで生クリームの軽さを補ってるんだ。生地の発酵時間も長めかな」

 大真面目に分析する先輩の姿を見ながら、柚葉は「間接キス」の気恥ずかしさよりも、こうして一つの『幸せのクレープ』を当たり前のように共有できている事実が、堪らなく愛おしくて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。