恋も料理もじっくり弱火で

 料理は、ただお皿の上にあるものだけじゃない。食べる人の空間全てを幸せにすること。
 やっぱり、料理のことを語る先輩は誰よりもかっこよくて、眩しい。
 
 柚葉の心は、そんな憧れだけでは言い表せない想いでいっぱいだった。

「先輩って、本当に料理が好きなんですね。……あ、料理『も』、かな?」

 先日の「どっちも大好き」という自分のセリフを思い出し、柚葉が少し悪戯っぽく微笑むと、秋月は不意を突かれたように目を見開いた。
 そして、今度は逃げずに柚葉の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

「……うん。料理『も』、それ以外の特別なもの『も』、全部好きだよ」

 その低く優しい声音に、今度は柚葉が完全にノックアウトされ、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
 ほどなくして、二人の前にオムライスが運ばれてくる。
 ふわりとドレスのように揺れる半熟卵に、艶やかな深い漆黒のデミグラスソース。立ち上る湯気まで美味しいサインを出している。

「いただきます!」

 柚葉はスプーンを入れ、卵とライスを大きめにとって一口で頬張った。
 次の瞬間。

「……っ!」

 ぱあっと、世界が明るくなったかのような満面の笑みが弾けた。

「美味しい……!  卵がすっごく濃厚なのに、ソースのコクがそれに負けてなくて、口の中でとろけます!」

 両頬を手で押さえ、心の底から幸せそうに笑う柚葉。その姿を、秋月は頬杖をつきながら、まだ一口も食べずにじっと見つめていた。その眼差しは、あの放課後の調理室と同じように、ひどく優しくて甘い。

「先輩?  食べないんですか?  冷めちゃいますよ」
「……いや」

 秋月はようやく愛おしそうに目を細め、スプーンを手に取った。

「柚葉ちゃんが世界一美味しそうに食べるの見とったら、それだけで胸がいっぱいになって、満足しそうだったけん」
「え?」
「冗談。……ほら、冷めんうちに食べよう」

 そう博多弁で笑って誤魔化したものの、その言葉の全部が本心であることは、赤くなった先輩の耳が何よりも雄弁に物語っていた。