恋も料理もじっくり弱火で

 ――恋心の自覚から、一週間。

 調理部での秋月は、相変わらず優しく、時に熱い博多弁を交えながら柚葉に料理を教えてくれていた。
 変わったことといえば、二人の視線がふいに重なった時、先輩が少しだけ照れくさそうに目を細めるようになったこと。そして、柚葉の心臓がその度にうるさく跳ね上がることくらいだ。
 そんなある日の昼休み。
 教室で結菜達とお弁当を食べていた柚葉のスマートフォンが、衣服のポケットの中でぶるりと震えた。

「ん?  メッセージだ」

 画面を開いた瞬間、柚葉の口から「ふぇっ!?」と奇妙な裏返った声が飛び出した。

【秋月先輩:柚葉ちゃん、今週末って空いてる?  もしよかったら、新しくできた気になる洋食屋があるから、一緒に行かない?】

「ちょっと柚葉、急に変な声出してどうしたの?」

 焼きそばパンを口に咥えた結菜が怪訝そうに覗き込んでくる。柚葉は慌てて画面を胸に伏せ、真っ赤な顔で激しく首を振った。

「な、なんでもない!  なんでもないの!」
「怪しい……。顔がトマトみたいに真っ赤じゃん」

 友人達の追及をすり抜けながら、柚葉の心臓はバックンバックンと警報のような音を立てていた。
 デート。これは文字通り、あの秋月からのデートのお誘いなのではないだろうか。
 いや、先輩のことだから、単なる「調理部としての味の勉強会」のつもりかもしれない。
 けれど、頭の中で放課後の調理室での『俺が君を特別扱いしても、もう勘違いじゃないってことでいいと?』という甘い声が蘇り、柚葉は指先を震わせながら返信を打ち込んだ。

【柚葉:はい!  今週末、ばっちり空いてます!  先輩と一緒なら、何処でも行きたいです!】

 送信ボタンを押した直後、「何処でも行きたいです」はさすがに直球すぎたのではないかと猛烈に後悔したが、数秒と経たずに返ってきたメッセージを見て、柚葉の思考は完全にフリーズした。

【秋月先輩:よかった。じゃあ日曜日、駅前の時計台の前に十一時時ね。……楽しみにしてる。絶対、他の奴(寛太とか)に邪魔されないように二人で行こうね】

 ――寛太とか。
 メッセージの最後についていた小さな拗ねたような補足に、柚葉の胸の奥から甘くて熱いプロミネンスが噴出する。

(これ、勉強会なんかじゃない……っ!)

 美味しいもののために動いていたはずの柚葉の毎日は、いまや『秋月先輩』という特大の存在によって、これまでにないほど甘く、激しく揺さぶられようとしていた。