恋も料理もじっくり弱火で

 誰にも言いたくない、秘密にしたい宝物。
 だけど、もう自分一人では抱えきれないほど、胸のキャパシティは限界を迎えていた。

「……寛太君」
「ん?」

 クッションの隙間から、真っ赤になった目をのぞかせる。

「私ね……今日、先輩に『大好き』って言ったらね……男相手に簡単にそんなこと言うなって、怒られたの」
「まあ、誰だってそう言うだろうな。お前の『大好き』は全部食欲だってバレてんだろ」
「違うの!」

 柚葉はクッションをベッドに叩きつけ、胸の前に両手をぎゅっと握り締めた。
 心臓が、またあの放課後と同じように、うるさくトクントクンと脈打ち始める。

「食欲じゃないの……。先輩が他の人に笑いかけてるとモヤモヤするし、先輩の博多弁は誰にも教えたくないって思うし……今日、近くで顔見たら、心臓が爆発しそうだったの……っ」

 口にするだけで、熱い涙がじんわりと視界をにじませる。

「私……私ね、寛太君。秋月先輩のこと、本当に……『男の人』として、好きかもしれない」

 ついに自分意外の他人の前で言葉にしてしまった。
 部屋の中に、柚葉のちいさな告白がぽつりと落ちる。
 ずっと揶揄うような態度だった寛太は、柚葉のその本気の、見たこともないくらい恋する女の子の顔を見て、一瞬だけぽかんと目を見開いた。
 そして、すぐに観念したようにふっと頭を掻く。

「……かもしれない、じゃなくて、完全にそれ『大好き』じゃん」
「うう……っ、どうしよう……!」

 再び枕に顔をうずめてバタバタと足を暴れさせる柚葉を見つめながら、寛太は「あーあ、あの完璧超人のあいつも、とんでもない猛獣に捕まっちまったな」と、何処か楽しげに、けれどいとことしての優しい眼差しを向けて呟く。

「もう、他人事だと思って……っ!」

 枕に顔を埋めたまま、柚葉は籠もった声で抗議した。耳まで真っ赤になっているのは、部屋の薄暗い照明の下でも隠しきれていない。

「他人事だけどさ。だってあの秋月だぞ?  学校中の女子が遠巻きに拝んでるような王子様が、お前のために隠れてオムライス作って、しかも『特別扱いしていいか』って?  ……いや、それもう勝ち確じゃん。何に悩む必要があるんだよ」
「勝ちとか負けとかそういうんじゃないの!」

 柚葉は勢いよく顔を上げ、ベッドの上で正座した。

「だって、先輩の『特別』って、まだ料理がベースにあるかもしれないし……!  それに私、今まで恋愛なんて全然したことないから、これから先輩とどんな顔して会えばいいか本当に分かんないんだもん!」
「いつも通り食いしん坊のままでいろよ。秋月もお前のそういうところに胃袋……じゃなくて、心を掴まれたんだろ」

 寛太はフッと笑うと、立ち上がって柚葉の頭をポンと叩いた。

「ま、これであのハンバーグを残した謎は解けたわ。病気じゃなくて『恋煩い』ね。叔母さんには『ちょっと学校で頭使いすぎて知恵熱出たみたい』って適当に誤魔化しといてやるから、安心しろ」
「ちょっと、知恵熱って何!」
「じゃあな。明日から生温かい目で見守ってやるよ」

 ひらひらと手を振って、寛太は嵐のように部屋を出て行った。
 バタン、とドアが閉まり、再び静まり返った自室。
 柚葉は自分の胸にそっと手を当てた。寛太の前で言葉にしてしまったことで、もう後戻りはできないのだと、心臓の鼓動がはっきりと告げている。

(明日、部活あるよね……)

 いつもなら「明日のメニューは何かな」と考えていたはずの時間が、今は「明日、先輩はどんな顔で私を見るんだろう」というドキドキにすり替わっている。
 机の上に置かれた『おいしかったものノート』の最後のページには、まだあの特製オムライスの余韻が残っているような気がした。
 自覚してしまった恋心は、もう誰にも止められない。柚葉は毛布を頭まですっぽりと被り、明日の放課後のことを想って、何度も何度も寝返りを打つしかなかった。