恋も料理もじっくり弱火で


「な、何やってるんですか!? 今、それって……っ!」
「何って、味見の微調整。……あぁ、もしかしてまた『間接キス』とか気にしとる?」

 秋月はイタズラっぽく目を細めると、身を乗り出すようにしてさらに距離を詰めてきた。
 夕暮れのオレンジ色の光が、先輩の綺麗な顔立ちをいっそう艶っぽく浮かび上がらせる。

「昨日、スーパーの帰り道でパン半分こした時、後から一人で部屋で大パニック起こしとったろ」
「ええっ!?な、なんでそれを……!」
「寛太から聞いた。昨日の夜、柚葉ちゃんから『大変なことをやらかした!』ってものすごい勢いで電話が掛かってきたって、今日の昼休みにアイツが呆れとったけん」

 まさかの身内からの情報漏洩に、柚葉は「寛太の裏切り者ー!」と心の中で叫びながら、両手で顔を覆った。恥ずかしさで脳みそが沸騰しそうだ。

「アイツには『単なる事故』って言うといたけど……」

 秋月の声が、ふっと低く、甘いトーンに変わる。
 顔を覆う柚葉の両手の首元に、秋月の優しくて大きな手がそっと重ねられた。
 ゆっくりと引き下げられた視線の先で、秋月がすぐ目の前で、逃がさないとばかりに真っ直ぐ見つめていた。

「俺は、寛太とは違うよ」

 男らしい、けれどひどく甘やかな博多弁が、鼓膜を直接揺らす。

「標準語の俺も、博多弁の俺も大好きって言うてくれたもんね。……だったら、俺が君を特別扱いしても、もう勘違いじゃないってことでいいと?」
「……っあ」

 その言葉は、もはや料理人としてのファンサービスなんかでは決してなかった。紛れもない、一人の男の子としての、真っ直ぐで不器用な告白のようなもの。
 柚葉はトクントクンと激しく暴れる胸を押さえながら、潤んだ瞳で秋月を見上げた。
 もう、胃袋のせいにはできない。この胸の苦しさも、熱さも、全てが秋月への『恋』そのものだ。

「……先輩の、意地悪」
「いじわるじゃないくさ。柚葉ちゃんが可愛すぎるのがいかんとよ」

 秋月はそう言って、降参するようにふにゃりと優しく笑うと、柚葉の柔らかい髪を愛おしそうに何度も優しく撫でた。
 すっかり冷めてしまったオムライスとお皿。だけど、誰もいない放課後の調理室の温度だけは、夕日の熱をそのまま閉じ込めたように、いつまでも甘く、高く、上がり続けていた。