「いただきます!」
両手を合わせた瞬間、ふわりと白く甘い湯気が立ち上った。
炊きたての白いご飯。香ばしく焼かれた鮭。つやつやのだし巻き卵に、具だくさんのお味噌汁。
朝から食卓に並んだ大好きなごちそうを前に、柚葉の頬は自然と緩む。
まずは、味噌汁をひと口。
「……んーっ!」
思わず目を閉じて噛みしめれば、口の中に味噌の味がいっぱいに広がった。
「お母さん、このお味噌汁最高!」
「朝から大げさねぇ」
キッチンでお弁当を包んでいた母が、くすっと笑う。
毎日、朝早くから用意してくれる母の手料理が大好き。
父の分の弁当も用意しながら朝ごはんの準備もしているから、本当に尊敬する。
「大げさじゃないもん。このお出汁、すっごく美味しい!」
続いて、香ばしく焦げ目のついた焼き鮭を解し、ほかほかのご飯に乗せる。
そして、大きく口を開けて……ぱくり。
「幸せ……」
思わず漏れた心の声に、今度は父まで笑い出した。
「柚葉は本当に食べることが好きだな」
「好きじゃないよ?」
「え?」
「大好き!」
えへへ、と笑って、また箸を動かす。
だし巻き卵を食べては、じゅわっと滲む出汁に「ふっわふわ!」と声を弾ませ、おひたしを食べては「これ、おかわりある?」と目を輝かせる。
食卓には、朝から何度も「美味しい」が響いた。
そんな娘の様子を見ながら、母が苦笑する。
「そんなに喜んでもらえるなら、毎日作りがいがあるわ」
「えへへ。だって、美味しいものを食べてる時間が、一番幸せなんだもん」
それが、柚葉の本音だった。
食べることが好き。
いや、好きなんて言葉じゃ足りない。
初めて行くお店は必ず事前にメニューを調べるし、テレビで紹介されたグルメはすぐにメモを取る。旅行先で一番楽しみなのは、観光地ではなく、その土地の名物料理。
――将来の夢?
もし聞かれたら、きっとこう答える。
『毎日、おいしいものを食べて暮らしたい!』
「……はい、お弁当」
母に差し出されたお弁当を受け取った柚葉は、我慢できずに蓋を開けて中を覗き込んだ。
「わぁ! 今日、唐揚げ!?」
「こら。学校まで待ちない」
「見るだけ、見るだけ!」
目をきらきらさせる娘に、父と母は顔を見合わせて笑った。
制服に着替え、身支度を整えて玄関へ向かう。
「行ってきまーす!」
「忘れ物ない?」
「大丈夫!」
勢いよくドアを開けた、その三秒後。
「あっ!」
「今度は何?」
「……お弁当!」
「やっぱりね」
慌てて戻ってきた柚葉は、お弁当袋をぎゅっと抱き締める。
「これ忘れたら、今日という一日が終わっちゃう!」
「終わらないわよ」
母のツッコミを背中で聞きながら、「行ってきます!」ともう一度元気よく家を飛び出した。
春の柔らかな風が、制服のスカートを揺らす。
この時はまだ知る由もなかった。
この日もきっと、いつも通りの一日になる――そう、信じて疑っていなかった。



