朝の空気はまだ少しひんやりとしていた。
塔の窓から差し込む光で目を覚ましたアリスは、ゆっくりと体を起こした。
この塔の朝も、ミルバーグの塔と同じようにとても静かで、人の気配も話し声もない。
その静けさが、アリスにとっては心地よかった。
軽く身支度を整えて部屋を出ると、階下からリリスが顔を出した。
「アリス様、もうお散歩ですか?」
「ええ、少しだけ」
アリスがそう答えると、リリスは穏やかに頷いた。
「お気をつけて」
「すぐ戻るわね」
塔の扉を開けると、朝の空気が流れ込んできた。
入口の脇には、護衛の騎士が二人立っている。
「おはようございます、姫様」
「おはようございます」
アリスも会釈を返す。
塔の警備は常に二人で、担当の騎士は数日ごとに入れ替わっている。
顔ぶれは限られているので、ここ数日で何人かの顔は覚えてしまった。
彼らは最初こそアリスの黒髪や黒い瞳へ視線を向けたものの、露骨に気にする様子はなく、自然に接してくれる。
それだけでも、アリスにとっては十分ありがたいことだった。
塔を離れると、林の中へ続く小道がある。
護衛の騎士たちが遠くから距離を保ってついてきているのが分かる。
林の奥へ進むと、木の下に置かれた古いベンチが見えてきた。
アリスはそこで足を止めた。
ベンチには、先客がいた。
ウィル・トルシア、その人だった。
どう対応していいのか言葉に困る。
結局、アリスは膝を折って一礼した。
ウィルも騎士らしく軽く礼を返した。
そのまま立ち去るつもりだったが、ふと彼の腕に巻かれた包帯が目に入る。
「お怪我は大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけていた。
ウィルは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻った。
「大丈夫です」
短い返事だった。
それ以上話すことはないという空気が、はっきりと伝わってくる。
――そうよね。
やはり、私がこの人の目に一瞬でも留まることはないのだろう。
でも、もう話す機会はないかもしれない。
そう思って、勇気をふりしぼって言葉を続ける。
「ここにはよく来られるのですか?」
ウィルはベンチに座ったまま、アリスを見上げる。
「ええ」
それだけだった。
拒絶の空気に心が折れながらも、無理に言葉をつなぐ。
「私も時々来るんです。とても居心地が良くて」
自分でも分かるほど、一方通行な会話だった。
「そうですか……では」
会話を終わらせるように、彼が立ち上がろうとする。
アリスは慌てて言葉を重ねた。
「これで失礼いたします。どうか、お体を大切にしてください」
膝を折って一礼する。
「ありがとうございます」
彼も礼を返した。
完全に折れてしまった気持ちは顔に出さないようにしながら、アリスはその場をあとにする。
塔へ戻る道を歩きながら、ため息がこぼれた。
――――――――――
寝室に戻ると、アリスは鏡台前の椅子に腰を下ろし、ふと鏡を見る。
思わずもう一度ため息をついた。
黒髪に黒い瞳。
相変わらず、平凡で地味な顔だと思う。
それに比べて、あの方はあまりにも整った容姿をしている。
鋭い目つきですら、その美しさを際立たせているように見えた。
……まあ、騎士団長という立場を考えれば、あれくらいの目をしていて当然なのかもしれない。
もちろん、本当の婚約者として扱ってほしいなんて、大それた願いは持っていない。
最初の顔合わせの時も、今も、異質なものを見るような目を向けられないだけでも十分ありがたい。
それでも、一言だけでも挨拶を交わせるくらいにはなれたら、と心のどこかで思っていたのだけれど。
あれでは取りつく島もない。
――いつものことだ。
拒絶されるのには慣れている。
そもそも、ここに来て二週間ほどたつが、彼に会うのはこれで二度目だった。
これ以上関わるつもりはない、ということなのだろう。
そう思うことにした。
それでも、胸の奥にわずかに残る寂しさは消えなかった。
塔の窓から差し込む光で目を覚ましたアリスは、ゆっくりと体を起こした。
この塔の朝も、ミルバーグの塔と同じようにとても静かで、人の気配も話し声もない。
その静けさが、アリスにとっては心地よかった。
軽く身支度を整えて部屋を出ると、階下からリリスが顔を出した。
「アリス様、もうお散歩ですか?」
「ええ、少しだけ」
アリスがそう答えると、リリスは穏やかに頷いた。
「お気をつけて」
「すぐ戻るわね」
塔の扉を開けると、朝の空気が流れ込んできた。
入口の脇には、護衛の騎士が二人立っている。
「おはようございます、姫様」
「おはようございます」
アリスも会釈を返す。
塔の警備は常に二人で、担当の騎士は数日ごとに入れ替わっている。
顔ぶれは限られているので、ここ数日で何人かの顔は覚えてしまった。
彼らは最初こそアリスの黒髪や黒い瞳へ視線を向けたものの、露骨に気にする様子はなく、自然に接してくれる。
それだけでも、アリスにとっては十分ありがたいことだった。
塔を離れると、林の中へ続く小道がある。
護衛の騎士たちが遠くから距離を保ってついてきているのが分かる。
林の奥へ進むと、木の下に置かれた古いベンチが見えてきた。
アリスはそこで足を止めた。
ベンチには、先客がいた。
ウィル・トルシア、その人だった。
どう対応していいのか言葉に困る。
結局、アリスは膝を折って一礼した。
ウィルも騎士らしく軽く礼を返した。
そのまま立ち去るつもりだったが、ふと彼の腕に巻かれた包帯が目に入る。
「お怪我は大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけていた。
ウィルは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻った。
「大丈夫です」
短い返事だった。
それ以上話すことはないという空気が、はっきりと伝わってくる。
――そうよね。
やはり、私がこの人の目に一瞬でも留まることはないのだろう。
でも、もう話す機会はないかもしれない。
そう思って、勇気をふりしぼって言葉を続ける。
「ここにはよく来られるのですか?」
ウィルはベンチに座ったまま、アリスを見上げる。
「ええ」
それだけだった。
拒絶の空気に心が折れながらも、無理に言葉をつなぐ。
「私も時々来るんです。とても居心地が良くて」
自分でも分かるほど、一方通行な会話だった。
「そうですか……では」
会話を終わらせるように、彼が立ち上がろうとする。
アリスは慌てて言葉を重ねた。
「これで失礼いたします。どうか、お体を大切にしてください」
膝を折って一礼する。
「ありがとうございます」
彼も礼を返した。
完全に折れてしまった気持ちは顔に出さないようにしながら、アリスはその場をあとにする。
塔へ戻る道を歩きながら、ため息がこぼれた。
――――――――――
寝室に戻ると、アリスは鏡台前の椅子に腰を下ろし、ふと鏡を見る。
思わずもう一度ため息をついた。
黒髪に黒い瞳。
相変わらず、平凡で地味な顔だと思う。
それに比べて、あの方はあまりにも整った容姿をしている。
鋭い目つきですら、その美しさを際立たせているように見えた。
……まあ、騎士団長という立場を考えれば、あれくらいの目をしていて当然なのかもしれない。
もちろん、本当の婚約者として扱ってほしいなんて、大それた願いは持っていない。
最初の顔合わせの時も、今も、異質なものを見るような目を向けられないだけでも十分ありがたい。
それでも、一言だけでも挨拶を交わせるくらいにはなれたら、と心のどこかで思っていたのだけれど。
あれでは取りつく島もない。
――いつものことだ。
拒絶されるのには慣れている。
そもそも、ここに来て二週間ほどたつが、彼に会うのはこれで二度目だった。
これ以上関わるつもりはない、ということなのだろう。
そう思うことにした。
それでも、胸の奥にわずかに残る寂しさは消えなかった。



