箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 教室中の男子、いや女子までもが期待の眼差しを向ける中、アールは一瞬だけ何事かと言いたげに、ミリ単位で首を右に傾げた。
 彼の電子頭脳の中では、おそらく「全校生徒が直線および曲線を周回する運動行事において、何故これほど大量の有機生命体から視線(電磁波)を集中的に浴びせられているのか」という、極めて場違いなエラーチェックが行われているに違いない。
 そして、アールは周囲の男子達の声を完全にスルーし、まるで羅針盤が北を指すように、真っ直ぐに新那へと視線を向けた。

「お嬢。彼らは何を要求している」

 声には出さない。けれど、その微かに明滅する瞳が、完全に新那へ助けを求めていた。
 新那は、教室の全員から「あ、やっぱり神条君、神条(新那)さんのこと見てる」という生温かい目で見られていることに気づき、顔が引き攣りそうになる。

「あはは……」

 新那は頬をひくつかせながら、苦笑い混じりに小声でアールに話し掛けた。

「……リレーのアンカー、だって。クラスの代表として、一番最後にバトンを持って走る役割だよ。皆、アールに出てほしいんだって」
「不合理だ。当機が全力を出せば、時速――」
「全力は出さなくていいから!  人間の『ちょっと足が速い男の子』くらいに手加減して!」

 新那は慌ててアールの失言を遮るように囁く。
 けれど、黒板の「クラス対抗リレー」の文字と、皆の期待に満ちた顔を見ている内に、新那の胸の中にある一つの淡い期待が芽生えた。
 アールが、皆と同じクラスのユニフォームを着て、皆の声援を浴びながら、一本のバトンを繋いでグラウンドを走る。
 それは、新那が憧れていた、これ以上ないくらいに眩しい「普通の学校生活」の景色そのものだった。

「……アール」
「何」
「もし嫌じゃなければ……出てみたら?  私、アールが走るところ、応援したいな」

 新那が少しはにかみながらそう言うと、アールはピタリと動きを止めた。

「お嬢の……応援」
「うん。がんばれー、って大きな声で言うよ」

 アールは一秒、二秒と、自らのプロセッサを静かに駆動させた。
 護衛対象の精神的満足度の向上。クラスコミュニティへの融和。そして何より「お嬢が応援する」という予測データ。
 それらの要素が弾き出した結論は、最初から決まっていた。
 アールは視線を新那から教卓の先生へと戻し、いつもの通る声で、静かに、けれど堂々と告げた。

「――了解した。当クラスの勝利のため、クラス対抗リレーにおける『アンカー』の任務を受託する」
「よっしゃあああああああ!!」
「神条マジでサンキュー!!」
「これで勝ったなガハハ!」

 アールの承諾に、男子達がまるでワールドカップでゴールが決まったかのように大歓声を上げて盛り上がる。
 アールは相変わらず「任務を受託」とか言っているけれど、そんな堅苦しい言葉も、今の男子達の興奮の渦には綺麗に掻き消されていた。

「やったね、新那ちゃん!  神条君マジでヒーローじゃん!」

 隣で莉子がキャーキャーと腕を叩いて喜んでいる。
 新那は真っ赤な顔のまま、少しだけ誇らしい気持ちで、後ろの席の、いつも通り無表情な、けれど何処か頼もしいマイ・アンドロイドを見つめた。
 まさか、私の護衛が体育祭のヒーロー候補になるなんて。
 周りの席の男子にダル絡みされるアールを見ながら、新那は静かに頬を綻ばせた。