住む家がどんどん大きくなった。
家にやってくる、黒いスーツを着た知らない大人がたくさん増えた。
学校への送り迎えに、黒塗りの車と運転手さんが付くようになった。
父親の横には常に鋭い目つきの秘書が張り付くようになり、自分の後ろには常に「護衛」と呼ばれる人達が影のように付き従うようになった。
そして――。
「ママも、すっごく忙しくなっちゃった」
新那の声が一回り小さくなって、布団のシーツへと染み込んでいく。
静まり返った部屋。天井を見つめる新那の脳裏には、白い天井ではなく、別の冷たい景色が浮かんでいた。
何年も前の、ガラス張りの大きな空港のロビー。
海外での大きなプロジェクトを任されたと言って、仕立ての良いコートを着て、新那に何度も手を振っていた母親の姿。
とびきりの綺麗な笑顔で。
『また、すぐに帰ってくるからね。新那、良い子にしてるのよ』
母はそう言っていた。何度も、何度も、思い出すたびに耳の奥で再生されるくらい、何度も。
「……でも、気付いたら、全然会えなくなっちゃった」
ぽつりと呟いた言葉には、決して母親を責めるようなニュアンスは含まれていなかった。
お母さんが世界を舞台に死に物狂いで頑張っていることも、自分に不自由をさせないために働いていることも、十分に理解していたから。ちゃんと、知っているから。
だからこそ、新那は誰にも「寂しい」なんて言えなかった。言ったら、頑張っている両親の邪魔になってしまうから。
「――写真立ての人物」
不意にアールが低い声で言葉を挟んだ。
新那は、熱で潤んだ目を少しだけ丸くして、隣の彼を見る。
「え……? あのお母さんの写真、見たことあるの?」
「お嬢の学習机の右端に配置されている、銀製のフレーム。入室時に視覚データとしてスキャン、及び記憶領域に保存されている」
「ああ、あれね……」
母親が最後に帰国したときに一緒に撮った、大切な写真だ。新那はそれを、ずっと肌身離さず机に飾っている。
「綺麗な人でしょ」
「――肯定的同意。端正な顔立ちであると判定する」
アールが迷いなく即答したことに、新那は擽ったそうに少しだけ笑った。
「ふふ、でしょ? 私の、たった一つの自慢なんだ」
そう言った後、部屋には再び、しんとした少し長い沈黙が訪れた。
高熱のせいだろうか。胸の奥が、じわじわと形のないナイフで抉られるように痛む。
新那は布団を指先できゅっと握り締めながら、過去の続きをぽつり、ぽつりと紡いだ。
「……中学校もね、私、通えなかったんだ」
アールが、僅かに顔を上げた。
「――通学していない、とは?」
「うん。危ないからって、パパに言われて」
誘拐。脅迫。身代金目的の事件。あるいは、予期せぬ不慮の事故。
ニュースの向こう側の出来事のような物騒な単語を、父親や、周りの大人達から何度も何度も、言い聞かされるように耳にタコができるほど聞かされた。
家にやってくる、黒いスーツを着た知らない大人がたくさん増えた。
学校への送り迎えに、黒塗りの車と運転手さんが付くようになった。
父親の横には常に鋭い目つきの秘書が張り付くようになり、自分の後ろには常に「護衛」と呼ばれる人達が影のように付き従うようになった。
そして――。
「ママも、すっごく忙しくなっちゃった」
新那の声が一回り小さくなって、布団のシーツへと染み込んでいく。
静まり返った部屋。天井を見つめる新那の脳裏には、白い天井ではなく、別の冷たい景色が浮かんでいた。
何年も前の、ガラス張りの大きな空港のロビー。
海外での大きなプロジェクトを任されたと言って、仕立ての良いコートを着て、新那に何度も手を振っていた母親の姿。
とびきりの綺麗な笑顔で。
『また、すぐに帰ってくるからね。新那、良い子にしてるのよ』
母はそう言っていた。何度も、何度も、思い出すたびに耳の奥で再生されるくらい、何度も。
「……でも、気付いたら、全然会えなくなっちゃった」
ぽつりと呟いた言葉には、決して母親を責めるようなニュアンスは含まれていなかった。
お母さんが世界を舞台に死に物狂いで頑張っていることも、自分に不自由をさせないために働いていることも、十分に理解していたから。ちゃんと、知っているから。
だからこそ、新那は誰にも「寂しい」なんて言えなかった。言ったら、頑張っている両親の邪魔になってしまうから。
「――写真立ての人物」
不意にアールが低い声で言葉を挟んだ。
新那は、熱で潤んだ目を少しだけ丸くして、隣の彼を見る。
「え……? あのお母さんの写真、見たことあるの?」
「お嬢の学習机の右端に配置されている、銀製のフレーム。入室時に視覚データとしてスキャン、及び記憶領域に保存されている」
「ああ、あれね……」
母親が最後に帰国したときに一緒に撮った、大切な写真だ。新那はそれを、ずっと肌身離さず机に飾っている。
「綺麗な人でしょ」
「――肯定的同意。端正な顔立ちであると判定する」
アールが迷いなく即答したことに、新那は擽ったそうに少しだけ笑った。
「ふふ、でしょ? 私の、たった一つの自慢なんだ」
そう言った後、部屋には再び、しんとした少し長い沈黙が訪れた。
高熱のせいだろうか。胸の奥が、じわじわと形のないナイフで抉られるように痛む。
新那は布団を指先できゅっと握り締めながら、過去の続きをぽつり、ぽつりと紡いだ。
「……中学校もね、私、通えなかったんだ」
アールが、僅かに顔を上げた。
「――通学していない、とは?」
「うん。危ないからって、パパに言われて」
誘拐。脅迫。身代金目的の事件。あるいは、予期せぬ不慮の事故。
ニュースの向こう側の出来事のような物騒な単語を、父親や、周りの大人達から何度も何度も、言い聞かされるように耳にタコができるほど聞かされた。



