箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 新那は冷え切った靴を脱ぎ捨てるようにして廊下へ上がった。
 すると。

 ――コツ。コツ。コツ。

 後ろから、全く同じタイミングで廊下を刻む足音が付いてきた。

「……」

 背筋に走る、お馴染みの嫌な予感。
 新那が恐る恐る振り返ると、案の定、一歩後ろに無表情な影がぴったりと寄り添っていた。

「……ちょっと。なんで当たり前みたいに付いてくるの」
「護衛任務の継続」
「あのね、この先は洗面所だよ?」
「認識している」
「これから私、お風呂に入るんだけど」
「認識している。それ故の同行」
「なら来ないでよ!!」

 新那が顔を真っ赤にして猛抗議する。しかし、アールは鉄格子のようにつんとした真顔のまま、淡々と言い返した。

「現在の濡れ具合から推測するに、迅速なタオルの供給が必要。かつ、お嬢の生命維持における『風邪』のリスクが指数関数的に上昇している」
「まだ引いてない!」
罹患(りかん)の可能性が極めて高い。速やかな初期消火(保温)が必要」
「うぅ……」

 論理的かつ正論すぎて、反論の言葉が喉に詰まる。
 実際、かなり身体が冷えてきたのは確かだ。ブレザーを抜けて、奥のシャツまで冷気が染み込んできている。うっかりすると、本当に今すぐくしゃみが出そうなくらいには寒い。
 結局、言い負かされた新那はぶつぶつと文句を言いながら洗面所へ向かい、アールも当然のような顔をしてその後に続いた。
 洗面台の前に立った新那は、大きな鏡に映った自分の姿を見て、絶句した。

「最悪……パパがいなくて良かったぁ………」

 そこには、悲惨な姿の女子高生がいた。
 毎朝頑張って内巻きにしている髪はぺちゃんこに潰れて顔に張り付き、制服は水を吸ってボロ雑巾のよう。
 おまけに寒さのせいで唇が少し白くなっている。まるで、登校中に川にでもドボンと落ちたみたいだ。
 そんな新那の横で、アールが流れるような動きで壁面の棚を開け、大判のバスタオルを取り出した。その動きには一切の迷いがない。もはや、新那よりもこの邸宅の構造に慣れすぎている。

「はい」

 フワフワの白いタオルが、真っ直ぐに差し出される。

「……ありがと」

 それを受け取り、頭から被ってがしがしと髪を拭く。
 乾燥機から出したばかりのような、柔らかくて清潔なタオルの温もりが心地良い。
 冷え切っていた頭皮に血が巡り、少しだけ生き返ったような気がした。
 そして、いよいよ浴室と脱衣所を区切る扉の前まで来たところで、新那はタオルを頭に載せたまま、振り返ってアールを鋭く睨みつけた。
 アールは、脱衣所の境界線の一歩手前で、まるで目に見えない壁があるかのようにピタリと足を止めて佇んでいる。

「……ねぇ、アール」
「何」
「言っておくけど……絶対に、覗かないでよ?」

 念のため、釘を刺すように強い口調で言っておく。
 相手はこれまでの常識が一切通用しない「異界の生命体(アンドロイド)」なのだから。
 すると、アールは理解不能とばかりに、少しだけ首を傾げた。

「何故、覗く(視覚的確認を行う)必要がある。理解できない」
「必要とか、理由とかじゃなくて!」
「?」
「女の子が着替えるところを見るのは犯罪!  破廉恥!  とにかく、そういうものなの!」

 新那は耳の先まで一気に真っ赤にしながら、声を大にして主張した。