当のアールはといえば、そんな彼女の乙女心の変化に気付く様子は微塵もなかった。
いや、そもそも気付けるわけがない。彼にとっては、お嬢に言われた「学校では普通に振る舞う」という命令に従い、ただ落ちていたボールを親切に返しただけなのだから。
「あ、あのっ、失礼します!」
女子生徒は小さく丁寧に会釈をすると、まるで逃げ出すかのような足取りで、大事そうにボールを抱えて女子側へと戻ってきた。その、何処か浮足立った背中を見送りながら――。
「……新那ちゃん、今の見た?」
莉子が、自分の肩を新那の肩にコツンとぶつけながら、超スモールボイスで囁いてきた。
「何が?」
「何がって、今のあの子の反応だよ! 絶対に一瞬、恋に落ちてドキドキしてたって!」
「え? いや、まさか……ただボールを返してもらっただけだし……」
「違うよ! だって、神条君普通にめちゃくちゃ格好いいもん!」
新那はゴクリと息を呑み、思わず再び男子コートへと視線を向けた。
アールはすでに何事もなかったかのように、自分の守備位置へと戻っている。本当に何事もなかったかのように、いつもの涼しい無表情で、迫り来るフォワードの動きを視線でロックしている。
「そう……かなぁ」
「そうだよ!」
莉子は我が意を得たりとばかりに即答した。
「背はモデルみたいに高いし」
「うん(それは骨格のパーツが優秀だから)」
「顔もジャニーズとかK-POPアイドルみたいに良いし」
「まぁ……(お父さんが最高級の造形師に発注したからね)」
「しかも、運動まで完璧にできるんだよ?」
莉子の言葉の通りだった。
男子コートではちょうど、相手チームの一番のエースらしき男子がアールに勝負を仕掛けていたが、アールは一切の無駄がない、物理法則の最適解を演算したような完璧なステップで、一歩も動かさずにボールを鮮やかに奪い取ってみせた。
周りの男子達から「うおぉ、神条すげぇ!」と大歓声が上がっている。
「……あれは、ずるいよ。絶対モテるもん。これから争奪戦が始まるよ、間違いないね!」
莉子がしみじみと断言する。
新那は、それに上手い返事を返すことができなかった。
代わりに、何故だか胸の奥が、きゅっと狭くなるような、得体の知れない「もやもや」とした感情で満たされていくのを感じていた。
別におかしなことではない。アールが格好いいと言われれば、それはデザイン的にも機能的にも格好いい。それは新那だって最初から認めている。
認めるけれど。
さっきの女子生徒が、アールの一言で頬を赤く染めていた光景が、どうしても脳裏に焼き付いて離れない。
そして、何故自分がこんなにもアールの周囲の反応を「気にして」しまっているのか、その理由が分からなくて余計に焦りが募る。
だって、アールは自分の護衛だ。ただの、ミリタリースペックのロボットだ。
心なんてない。感情もない。人間ですらない、鉄と電子回路の塊。
それなのに、どうして自分胸は、こんなに落ち着かない音を立てているんだろう。新那にはその理由が分からなかった。
「――新那ちゃん?」
「えっ!? は、はい!」
莉子の覗き込むような声に、新那は飛び上がるようにして我に返った。
「……なんか、さっきから顔、すっごく変だよ? 眉間に皺寄ってる」
「へっ? い、いや、変じゃない! 普通だよ、至って普通の顔!」
「いや、完全に何かに怒ってるか悩んでる顔だったって」
「変じゃないってば! ほら、次のバッター行っちゃうよ、応援しよ!」
慌てて明後日の方向を指差して否定する。
莉子は「ふーん?」と不思議そうに首を傾げていたけれど、すぐにまた別の子の応援へと意識を戻してくれた。
新那自身も、自分の胸のざわつきの正体がよく分からない。
ただ、この日の体育の授業中、新那が自分のバットを構える時間よりも、男子コートのディフェンスラインへと視線を編み込んでしまう回数が、ほんの少しだけ――いや、明らかに増えてしまっていたことだけは、紛れもない、確かな事実だった。
いや、そもそも気付けるわけがない。彼にとっては、お嬢に言われた「学校では普通に振る舞う」という命令に従い、ただ落ちていたボールを親切に返しただけなのだから。
「あ、あのっ、失礼します!」
女子生徒は小さく丁寧に会釈をすると、まるで逃げ出すかのような足取りで、大事そうにボールを抱えて女子側へと戻ってきた。その、何処か浮足立った背中を見送りながら――。
「……新那ちゃん、今の見た?」
莉子が、自分の肩を新那の肩にコツンとぶつけながら、超スモールボイスで囁いてきた。
「何が?」
「何がって、今のあの子の反応だよ! 絶対に一瞬、恋に落ちてドキドキしてたって!」
「え? いや、まさか……ただボールを返してもらっただけだし……」
「違うよ! だって、神条君普通にめちゃくちゃ格好いいもん!」
新那はゴクリと息を呑み、思わず再び男子コートへと視線を向けた。
アールはすでに何事もなかったかのように、自分の守備位置へと戻っている。本当に何事もなかったかのように、いつもの涼しい無表情で、迫り来るフォワードの動きを視線でロックしている。
「そう……かなぁ」
「そうだよ!」
莉子は我が意を得たりとばかりに即答した。
「背はモデルみたいに高いし」
「うん(それは骨格のパーツが優秀だから)」
「顔もジャニーズとかK-POPアイドルみたいに良いし」
「まぁ……(お父さんが最高級の造形師に発注したからね)」
「しかも、運動まで完璧にできるんだよ?」
莉子の言葉の通りだった。
男子コートではちょうど、相手チームの一番のエースらしき男子がアールに勝負を仕掛けていたが、アールは一切の無駄がない、物理法則の最適解を演算したような完璧なステップで、一歩も動かさずにボールを鮮やかに奪い取ってみせた。
周りの男子達から「うおぉ、神条すげぇ!」と大歓声が上がっている。
「……あれは、ずるいよ。絶対モテるもん。これから争奪戦が始まるよ、間違いないね!」
莉子がしみじみと断言する。
新那は、それに上手い返事を返すことができなかった。
代わりに、何故だか胸の奥が、きゅっと狭くなるような、得体の知れない「もやもや」とした感情で満たされていくのを感じていた。
別におかしなことではない。アールが格好いいと言われれば、それはデザイン的にも機能的にも格好いい。それは新那だって最初から認めている。
認めるけれど。
さっきの女子生徒が、アールの一言で頬を赤く染めていた光景が、どうしても脳裏に焼き付いて離れない。
そして、何故自分がこんなにもアールの周囲の反応を「気にして」しまっているのか、その理由が分からなくて余計に焦りが募る。
だって、アールは自分の護衛だ。ただの、ミリタリースペックのロボットだ。
心なんてない。感情もない。人間ですらない、鉄と電子回路の塊。
それなのに、どうして自分胸は、こんなに落ち着かない音を立てているんだろう。新那にはその理由が分からなかった。
「――新那ちゃん?」
「えっ!? は、はい!」
莉子の覗き込むような声に、新那は飛び上がるようにして我に返った。
「……なんか、さっきから顔、すっごく変だよ? 眉間に皺寄ってる」
「へっ? い、いや、変じゃない! 普通だよ、至って普通の顔!」
「いや、完全に何かに怒ってるか悩んでる顔だったって」
「変じゃないってば! ほら、次のバッター行っちゃうよ、応援しよ!」
慌てて明後日の方向を指差して否定する。
莉子は「ふーん?」と不思議そうに首を傾げていたけれど、すぐにまた別の子の応援へと意識を戻してくれた。
新那自身も、自分の胸のざわつきの正体がよく分からない。
ただ、この日の体育の授業中、新那が自分のバットを構える時間よりも、男子コートのディフェンスラインへと視線を編み込んでしまう回数が、ほんの少しだけ――いや、明らかに増えてしまっていたことだけは、紛れもない、確かな事実だった。



