箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 そして、何気なく自分の真後ろの席へと、そっと振り返った。
 そこには当然、不穏なほどのオーラを放つアールが座っている。

「……」

 完全なる無表情。微動だにしない背筋。
 真っ直ぐに黒板を見つめたまま、その右手だけが、まるで精密なプロッター(自動印刷機)のような一定の速度と完璧な筆圧でノートの上を走っていた。
 迷いも、消しゴムを使う素振りすら一切なく、数式とグラフが恐ろしい密度で埋め尽くされていく。
 新那は思わず引き攣った目でそのノートを見つめ、小声で囁いた。

「ねぇ、アール」
「はい、お嬢。何か」
「……もう解き終わったの?」
「当機の中央演算処理装置(CPU)の稼働効率に基づき、三分二十一秒前にすべての設問の解答出力を完了しています」
「あ、そう。聞かなきゃよかった」

 相変わらず期待を裏切らない規格外っぷりである。
 普通の生徒が最初の一問目に頭を悩ませている間に、彼はとっくに全問解き終えていたらしい。
 アールはノートの手を止め、淡々と無機質な声を続けた。

「現在は、念のための誤答確認、およびプログラムのデバッグ中です」
「へぇ。で、間違いはあったの?」
「存在しません。当機の計算能力において、このレベルの算術でエラーが発生する確率はゼロ%です」
「だろうね!!」

 あまりの圧倒的なポテンシャルに、思わずツッコミの声が大きくなってしまった。
 静まり返った教室に、新那の声が明瞭に響く。
 近くの席の生徒達が「ん?」と不思議そうにこちらを振り返った。新那は顔を真っ赤にし、慌てて両手で自分の口を押さえる。
 すると、前の席でそのやり取りを聞いていた莉子が、肩を小刻みに震わせ始めた。 

「ぷっ、ふふふ……っ!」
「ちょっと、莉子ちゃん、笑わないでよ……!」
「だって、神条君本当に凄すぎるんだもん。人間辞めてるレベルだよ」
「うん、ある意味で本当に辞めてる(人間じゃない)からね。アールは反則なの」
「俺は、学園の校則及びカンニング防止規定を完璧に遵守しています。反則という評価は不当です」
「そういうシステムの規約の話をしてるんじゃないの!」

 ひそひそと盛り上がる三人の席に、教卓からの鋭い視線が突き刺さった。先生が咳払いを一つ。
 三人は、示し合わせたように同時にピシッと口を閉じた。